投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助動画検索<OBJECT>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ teacup.コミュニティ ] [ 検索 ]

投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

[PR]   大阪の求人・転職 太陽光 動物 専門学校
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

全100件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 

辰巳先生には

 投稿者:こちマガ  投稿日:2006年 5月 2日(火)19時29分23秒
  神田の古本屋”ドンコミック”でお会いしたことありましたね。
何を話したのか覚えていませんが、
自分の蔵書目録を見ていただきました。

で、日の丸戦記創刊号に辰巳先生の作品が掲載されていました。
「遠ぼえ」です。
中国での軍用犬(大和号)の悲話で、敗戦のため帰国の途に立つ際、
軍用犬の射殺命令が出たが、射殺できず、定座(待て)を命じて、
帰路に付くが、主人は途中で戦死してしまう。
5日後に定座から、主人を追った大和号は戦死した主人に再会し、
横で悲しみの遠吠えをあげる。
それを見た日本兵が人間を食べている狼と勘違いして、射殺する。

ざっとしたあらすじですが、多分、わかる人はわかるかも

同時収録
貞安達明さん=大空戦
五十嵐幸吉さん=死闘
水木しげるさん=二人の中尉

水木しげるさんと言えば、武良しげるさん(本名は武良茂)だと思うのですが、
少年戦記 戦艦大和編に両方のペンネームで執筆されてるのを
見つけました。
脱出地点(陸軍)水木しげる
日本軽巡集 武良しげる 軽量巡洋艦の説明集です。

余談でした
 

サイコウです!

 投稿者:漫バカ  投稿日:2006年 5月 2日(火)17時00分46秒
  いやいやいやあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜タイヘンなことになってますね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
しんたろう、、、という名前の人は数居ても、心の太郎と書く心太郎さんは、みやわき先生ぐらいしか、記憶になかったもので、もしや、、、と思ったのですが、どうやら正真正銘のみやわき先生のようですね。(0、何パーセントぐらいは、疑ってました。スミマセンです)
いやいや、
どうも、どうも、どうも、どうもです〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
オモシロイデスネ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。楽しいデスネ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
ユカイですね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
これぞマンガですね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜^!
裏話、秘話、最新情報、、、こんな話をタダで聞けるなんて!サイコウです!

みやわきセンセありがとう!
こんな場所を創った管理人さんも、スバラシイ!エライ!ゴリッパ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
ありがとう!!!!!
ついでに、ウザトイさん、あなた様もほんとに 通 ですね〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
そうですか、あのビックコミック買ってましたかあ!!
なんか、嬉しいですね。そうすか、、、
仙台ですかあ?
こっちは、隣の秋田ですう〜〜〜〜!(今、ようやく桜が満開ス!)
よろしく〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

ところで、みやわきセンセ、、、ひっかかったことを一つ、、、この調査室によりますと中国(
神戸出身)とのことですが、中2でさいとうたかを先生におめにかかってる、、ということは
訪問されたということでしょうか?当時
よく住所とかわかりましたね。?
そんなところを教えてくださいませ。

よろしく!
 

こちマガ様、ウザトイ様へ。

 投稿者:心太郎  投稿日:2006年 5月 2日(火)08時01分47秒
  こちマガ様へ。
更新、ありがとう御座居ます!
大変な作業に挑戦されて居るのですね!
ありがたいです!お世話になります。
陰ながら応援させて頂きます。

ウザトイ様へ。
メールの件了解しました!
楽しみです!!

「アパート百万ドル」お持ちだったのですか!
ありがとうございます!
森安先生が、ノックした部屋は、大友克洋さんが、
「信長戦記」を描いた部屋です。
彼がピンチの時、管理人さんに頼んで、
一時的に借りたのです。
その部屋に死体が有った事は彼には内緒です(笑)
「信長戦記」には僕の手も入って居ます、
白山宣之さんの手も入っています。
描く人なら解りますね?(笑)
その右隣には、五十嵐幸吉さんが住んでました。
正面の部屋は、「まんだらけ」の古川益三さんが、
倉庫兼アトリエにして居ました。
あのアパ−トは未だ有る筈です。

>昼寝て、静かな夜中に仕事.......
はい、まるで泥棒みたいですが(笑)
夜は、感性が、鋭くなる様に感じます。
能率と健康を考えると昼の方が良いと思います。(笑)
 

続・心太郎さま

 投稿者:ウザトイ  投稿日:2006年 5月 1日(月)21時52分40秒
  > ここで住所を公開するのは、抵抗が有るのですが
もしよろしければ、投稿者:ウザトイをクリックしてもらえれば
私にメールで知らせられるのですが。漫画家みやわき氏も読まれた
「ろうまん」ということで、一層箔がつくと思いますので・・・

> コミケには参加されないのですか?
コミケの名前だけ知ってる程度で、場所も遠いということもあり、
参加したことはありません。何しろ「ろうまん」はパソコン印刷であり
発行部数30部程の内輪の非売限定品(?)であります。

> 森安なおや先生
心太郎さんが、お付き合いされていたなんて。早速「アパート百万弗」を
読み返させていただきました。いました、いました。確かに森安氏が
うなだれて泣いていました。しかし、作者本人の解説を聞きながら、読める
なんて、私は何と贅沢な読者なのでしょう。この作品42Pもあったのですね。
読後感はもっと短編だと思っていました。

>「わが青春のときわ荘」
番組の企画が「ときわ荘で一番売れない漫画家」と云う狙いだった・・
ドキュメントといっても一概に信じられるものではないのですね。確かに
人生のもの悲しさ、厳しさというものは感じ取れましたけど。森安先生には
お気の毒に感じます。

 心太郎さんの書き込み時間を拝見させていただくと、午前3〜5時、普通の人は
寝てる時間ですよね。やはり、昼寝て、静かな夜中に仕事をされた方が能率が
よろしいのでしょうか。
 

修羅の舞・・・・・、みたことある

 投稿者:こちマガ  投稿日:2006年 5月 1日(月)16時11分28秒
  折角なので、みやわき心太郎先生の部屋を更新しました。
データ不足なので、ご不満かも知れませんがご覧ください。

なお、画像データの中から、未収録を引っ掻き回して、
「修羅の舞」の表紙絵をさいとたかを先生の部屋にアップしました。
画像のでどこはちと明かせませんが、クレーム来たら削除します。
それまで楽しんでください。
 

砂野様へ

 投稿者:心太郎  投稿日:2006年 5月 1日(月)03時49分4秒
  初めまして、同感です、
映画化の話の作品は「地獄」と云う題名の短編で
原爆投下後の広島を舞台にしたものです。
「大発掘」青林工芸社刊です。
 

ウザトイ様へ

 投稿者:心太郎  投稿日:2006年 5月 1日(月)03時23分22秒
  「実年齢」では無く、同人誌歴です、先輩!(笑)
ここで住所を公開するのは、抵抗が有るのですが、(汗)
コミケやコミケアには参加されないのですか?
「死太刀双之進」は「修羅の舞」と云う題名で、
B6版ハードカバー、128頁、日の丸文庫です。
松本正彦先生は「駒画」です。
森安なおや先生のお名前が出て来たのは、超びっくりです!!
森安なおや先生の最後の作品「烏城物語」は、巴先生から
戴いて、「まんだらけ」誌上(漫画熱)で紹介しました。
それ以来、お無くなりになる迄、お付き合いさせて頂きました。
ウザトイさんが覚えておられる例のアパートの漫画家の話に、
出て来る、死んだ事を知らずに友人を訪ねて来る人は、
森安先生がモデルです、「わが青春のときわ荘」は、
少し問題有りで、本当は売れたのですが、番組の企画が
「ときわ荘で一番売れない漫画家」と云う狙いだったので、
某国営放送から、編集部に採用しないでくれ、
という申し込みが有り、編集部は抵抗したが、
結局は折れて不採用に成り、番組放映の後、
森安先生は街なかで、色々な人に、
「がんばってください!」声をかけられ、
いたたまれなくなって、関西に行き
身を隠す様に働いていたと、おっしゃって居ました。
ひと月ばかり仕事で連絡が途絶え、そろそろと思いつつ、
広げた漫画新聞に死亡記事が載っていてショックでした。
僕の感じたショックを作品の中で森安先生に味わって
貰いました(笑)
生前は一緒に小津安二郎展や、弥生美術館に行った事が有ります。
忍ぶ会では、森安先生の愛唱歌、「雨降りお月さん」を
合唱して散会しました。本当に雨が降ってました(笑)
 

又々、心太郎さまへ

 投稿者:ウザトイ  投稿日:2006年 4月30日(日)22時50分25秒
編集済
  >「ろうまん」どうすれば、見れるのですか?先輩!!
心太郎さんは私より10も先輩のはず。社辞じゃなく、本当に見ていただけるので
あれば、連絡先教えていただければ是非お送りしたいと思います。

>「死太刀双之進」
さいとうファンとしては、恥ずかしい。初めてお聞きしました。
私の知っているのは「武芸紀行」あたりからです。描きなおしされましたが
勿論、昔の方です。

> 巴里夫先生
昔、妹が「りぼん」をとっていまして、私もとっかえして観てました。
「5年ひばり組」の新幹線のファンでありました。カラーシリーズにも描かれ、
女性誌専門で、美しいペンタッチが好きでした。

> 松本正彦先生の遺作展
この方って、「劇画」という言葉を命名された人ではなかったのですか?

>「果たして自分は漫画家になっていたのだろうか?」
プロの漫画家がそう思われることもあるのですね。出版社からの仕事の依頼と
いう観点にたってみられるのならば、確かにそうですね。昔、NHKで放映した
「わが青春のときわ荘」という番組があって、石森氏や藤子氏、赤塚氏と混じって
森安なおや氏という方がおられた。すばらしい少女マンガを描く人だったのだけれど
出版社を随分まわったのだけれど、古いという理由でついには掲載されないで終わっ
たというドキュメントを放映していた。もう亡くなられたとお聞きしましたが、
彼も世間には出なかったかも知れないが、立派な漫画家だったと思うのです。
 

ビックリ

 投稿者:砂野  投稿日:2006年 4月30日(日)20時18分25秒
  ちょっとひさしぶりに来たらビックリしました。
みやわき心太郎さまでしたか。

辰巳ヨシヒロ作品は映像化に向いてますよね。
昭和40年ぐらいの風景はまだたくさん残ってるだろうし。
佐野史郎主演でつげ作品をオムニバスにした映画があったけど
ひとつにまとめるにはちょっと無理でしたよね。
辰巳短編をオムニバスにしたらもっと成功しそうです。
 

ウザトイ様

 投稿者:心太郎  投稿日:2006年 4月30日(日)05時25分34秒
  こちらこそ、宜しく!
中学生の頃は、さいとう劇画を目指していました。
その頃の、さいとう先生は、6畳一間のアパートで
ランニングシャツと短パンと云う出で立ちで、
お仕事をされていました。「死太刀双之進」
の活躍する時代劇でした。未だ10代で、
とんでもない才能を感じました。
さいとう先生は、「工藤市郎」と云う先輩の
漫画家に「漫画家になるために生まれて来た様な男だ」
と云われたと、おっしゃってましたが、それを、
最初に云ったのは、巴先生でした。
巴先生の慧眼が凄いのは、アシスタントの
デビュウ率でも解りますが、本当に凄いです。
ウザトイさんも漫画家志望だったのですか!!
最近感じている事に、「果たして自分は漫画家に
なっていたのだろうか?」と云う疑問です。
漫画家に成ったつもりで居ても、出版社からの
仕事の依頼が無ければ、漫画家として、
成り立たないから、(僕は未だ有りますが)(笑)
出版社に依存している訳です。
と云う事は、成ったのでは無くて、
成らしてもらっていた訳(笑)
その点、同人誌市場で、自分で作って、
自分で売っている方は、出版社に
依存していない訳だから、「こっちの方が、本当の
漫画家じゃん!!」「ようし!漫画家に成ろう!!」と
(笑)去年の暮れコミケデビューしました!(笑)
「ろうまん」どうすれば、見れるのですか?先輩!!
 

以上は、新着順91番目から100番目までの記事です。
これ以下の記事はありません。
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
/10 


[PR]