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(無題)

 投稿者:秋魚  投稿日:2017年 3月27日(月)03時14分39秒
  ・・二俣尾の名の由来について、青梅街道が軍畑のあたりで奥多摩と秩父方面に分かれるので二俣尾というのだそうだ。梅郷ツアーでそう教わった。秩父方面には成木から小沢峠を越えて名栗に入り、さらに山伏峠を越えれば秩父に入る。この秩父へ向かう道は鎌倉古道ともいわれる。鎌倉ではなく相模の大山詣での道とも聞いている。・・二俣尾、軍畑の駅から成木にむかって坂を登り、高水山にあがる参道がある。これはいつか歩いた道だ。この参道のちょうど入口あたりに高源寺というもの寂びたお寺がある。境内に石碑があって、芭蕉の句が刻まれてあるのがわかったのは、平成二十一年七月の調査のことだった。文字が判読しづらく長い間未知の句碑であったが「古寺廼桃耳米ふ無於とこ可那 はせ越」と読める。「古寺の桃に米ふむおとこかな 芭蕉」というので、あまりみかけぬ句と思っていた。正岡子規「俳諧大要」に載っているというので調べてみたら「芭蕉雑談」にある。薀雅なるものという。

・・桃はこのあたり江戸の昔は桃の花園で満ちていたという。むろん芭蕉がこの青梅で詠んだものではない。よくわからぬのは「米ふむ」という所作。これは米を精米するための地唐臼で踏んでいるのだという。桃の花とのい対比がいい。薀雅ですか。

・・この「米ふむ」で想い出した。

 越後生れは多く米つき
佐渡の花我秋津洲の誉れ也
 ・・

独吟歌仙の平句で余り気に留めていなかった。「米つき」というのを辞書で調べてみた。高源寺の句碑「桃に米ふむ」と同じ精米の所作であろう。米つき専門の職人もいたそうだ。子供のころ米つきバッタなどもよくみた。米どころ越後はわかるが、青梅では米はほとんど作らない。麦はとれたようだ。
 
 

(無題)

 投稿者:秋魚  投稿日:2017年 3月24日(金)23時06分33秒
  ・・尭恵 ぎょうえ

1430-? 室町時代の僧,歌人。
永享2年生まれ。天台宗の学僧。法印。二条派の歌人尭孝(ぎょうこう)について種々の口伝をうけ,「古今抄延五記」など歌書の注釈を執筆。公家,武士,僧にわたるひろい交遊でも知られる。号は藤の坊。著作に「吾妻道記」「東国紀行」,家集に「下葉和歌集」。

・・「東国紀行」は「北国紀行」とも。

作者堯惠は、白山系の修験者。堯孝に歌を学び、『古今血脈抄』『古今抄延五記』を著す。寛政6年(1465)加賀から信濃善光寺に詣でて『善光寺紀行』を著し、文明18-19年(1486-1487)武蔵・相模を遊歴して『北国紀行』を著した。

・・
 

(無題)

 投稿者:山田  投稿日:2017年 3月18日(土)10時18分35秒
  ・・四天王とは、仏教における持国天、増長天、広目天、多聞天のことを言う。 それぞれ東、 南、西、北の方位を守護しているとされる。  

(無題)

 投稿者:秋魚  投稿日:2017年 3月14日(火)22時49分3秒
  ・・春の散策ガイドツアー吉野梅郷に参加した。NPO法人が企画して東京都が後援らしい。らしいというのは、深く考えたくないためだ。ネットで申し込んで、応募多数、抽選で当たった。地元で活動していて当たるような気がした。吉川英治記念館がメインであと近くに梅の公園がある。梅郷の梅は数年前人気投票でNo.1であったが、残念なことに梅ウイルスが発症し市内のめぼしい梅はざっくり切られてしまった。この梅の公園にも千数百本の木があったが、感染を防ぐためにすべて切った。・・これ実はうまくいってない。隣の福生の梅の木もやられているらしい。成果は万全ではないが、鶏ウイルスと同じでこういう伐採のほかはないらしい。梅郷では実は跡地に新しい苗木の植え付けが始まっている。きょうはそちらの成果も見て取れる。

・・二俣尾駅集合で、電車代だけお願いしますということだった。何のことはない自転車で行ける。朝小雨がちだったが、何のことはない。平日だからどんな人が集まるか、まあ退役の暇人か主婦が多いのかもと思っていた。女性が多かったけど、みなユニークな人っぽい。一人若い娘さんが参加して、自己紹介では、きれいな声で中国から来ましたという。留学生で観光経済を専攻中。日本語がとてもうまい。(おまけに美人)。・・専門のガイドさんが二人ついてまあ詳しいことくわしいこと。大変におもしろいツアーになった。出不精で人の交流がしばらくなかったので、くらくら目眩がしそう。

・・梅の種類で「鴛鴦」「新平家」「書屋の蝶」というのがあり、後ろ二つは青梅の新種という。「鴛鴦」はひとつの花で実が二つ成り、「新平家」は八重の紅梅で花弁の陰翳に趣あり、「書屋の蝶」は五つの花弁の先が尖っていて蝶が留まっているよう。

・・桜は「咲く」「散る」、梅は「ほころぶ」「こぼれる」、牡丹は「開く」「くずれる」。こういう決まった言葉使いだという。文を書くのにこれも知らなかったことだ。花はみな咲く、散るだと思っていた。

・・二人のガイドさんのうち一人は植物が詳しい。ニリン草、かたくりは春先日の当たる内さっと咲いて隠れてしまう。・・むらさき草について尋ねたが、やはりほぼみない草だった。・・もうひとりのガイドさんは、歴史、地理いろいろ詳しい人で、これもとっておきの質問、常盤御前の青梅寓居について訊いてみた。これは不思議ですね。まったく知らないことという。青梅の成木とか飯能にも伝説がある。義経だって、武蔵野を横断できなくて周辺の山間をめぐって奥州に向かった。・・伝説ということでみな外すのだろう。・・作家が小説で書いてはいまいか。吉川英治が地元にいて書く気もしたが、「義経」という小説は司馬遼太郎のもの。ともかくこれは自分で当たるしかない。

・・昼食はこの企画でソバをご馳走になった。これも感動ものです。
 

(無題)

 投稿者:秋魚  投稿日:2017年 3月 1日(水)14時32分38秒
  ・・サインイン統合というのが各社ネックでしょう。弊害も多い。win10はとりあえず安定したから3年は使えるでしょう。・・itの開発者はしのぎを削っているようだがビジネスが絡むとブラックホールも多い。自動車のリコールと同じでただコンピュータには更新のパッチファイルが送られてくるだけ。xpなど誰も見向きもしなくなってネット以外はとても安全。win10はサイバー攻撃のかっこうの目標ですな。defender用更新ファイルとはほぼ毎日送られてくる。無理もないというか穴だらけのOSですな。・・二三懸念事項はあるが、win10は卒業にする。

・・聲澄みて北斗にひゞく碪かな

名栗の星宮神社に芭蕉の句碑を訪ねた。こんなところにしかも安政3年(1856年)の建立。揮毫は江戸の孤月庵卓郎。
 

(無題)

 投稿者:秋魚  投稿日:2017年 2月28日(火)20時05分33秒
  ・・乗りかかった舟。win10のオペレーションにはほとほと愛想がつきそう。不具合が次々と出る。きょうはいきなりブラックスクリーンになった。OSを立ち上げても真っ暗では打つ手も無い。重大なエラーかとセーフモードの起動とか試みようとしたが、win10は簡単には操作できない。win10の最初の立ち上がりで自動修復までもっていけばセーフモードもオプションで選べる。ところが駄目ですね。チェックツールが入るだけで再起動後は元の木阿弥。真っ暗。個人がシステム操作できないような構造になってる。リカバリーディスクが存在しないから立ち上がりスタートメニューからの回復もできない。回復というの実は試みたのだけどこれもエラーで不成功。部分的な不具合はネット検索などでいくつかは修復できる。win10の不具合はおおかた後からのアプリソフトのインストルによる。これは削除で解決することが多い。・・ブラックスクリーン というのはもう壊れたかと観念したが、やや簡単に復旧できた。・・要するにディスプレイの明るさが何かの弾みでゼロになったわけ。バッテリーモードで起動するとちゃんと画像がでる。バッテリーで立ち上げて電源の設定を調節すればよいだけだった。これに気づくまでなんと時間を食ったことか。テェックするのに時間がかかります。お待ちをなどいってパソコンは時間泥棒もいいとこ。こんなのに付き合って残り少なの人生を食われるのは、どうもね。ま、乗りかかった舟でしょう。  

(無題)

 投稿者:山田  投稿日:2017年 2月24日(金)13時58分38秒
  みちのくのしのぶもぢずりすぢもふのしのくのちみ
未知の狗の詩述ぶも血摺り筋も不能凌ぐ後箕

つついつのいつつにかけしけかにつついのついつつ
筒異つの出津に架けし毛蟹ツツ胃の通五つ

あやめかりきみはぬまにそにまぬはみきりかめやあ
綾女狩り黄身は沼二祖二馬奴は見切り瓶やあ

さつきまつはなたちばなのなはちたなはつまきつさ
五月松は屶恥葉菜の名は千だ縄妻詰さ

みよしののたのむのかりもりかのむのたののしよみ
見よ篠の頼む逃り森かの無能多罵詠み

わすれてはゆめかとぞもふもそとかめゆはてれすわ
忘れ手は夢か兎鼠も巫も粗と亀湯は照れ巣わ

つきやあらぬはるやむかしかむやるはぬらあやきつ
月箭吾ら弩張るやむか鹿亡夜流は奴らあ焼つ

いにしへのしづのをだまきまだをのづしのへしにい
猪西へ野屍角を朶巻き未だ斧頭偲へし兄

つひにゆくみちとはかねてねかはとちみくゆにひつ
津干に愉句未知と墳寝て涅か鳩血み苦湯に筆
 

(無題)

 投稿者:秋魚  投稿日:2017年 2月24日(金)02時11分13秒
  ・・伊勢物語七十六段。

「むかし、二条のきさきの、まだ春宮のみやすん所と申ける時、氏神にまうで給けるに、このゑづかさにさぶらひけるおきな、人々のろくたまはるついでに、御くるまよりたまはりて、よみてたてまつりける。
 おほはらやをしほの山もけふこそは神世のことも思ひいづらめ
とて、心にもかなしとや思ひけむ、いかゞ思ひけむ、しらずかし。」

・・

古今和歌集

(二九二)うりんゐんの木のかげにたたずみてよみける
僧正遍昭
  わび人のわきてたちよるこのもとはたのむかげなくもみぢちりけり

(二九三)二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれ
たるかたをかけりけるを題にてよめる
そせい
  もみぢ葉のながれてとまるみなとには紅深き浪やたつらん

(二九四)二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、御屏風に龍田川にもみぢながれ
たるかたをかけりけるを題にてよめる
なりひらの朝臣
  ちはやぶる神世もきかずたつたがはから紅に水くくるとは

・・「二条の后の春宮のみやす所と申しける時に」

藤原高子(842-910) 清和天皇の女御、後皇太后。
貞観八年(866)二十五歳で入内。貞明親王を産む。(869年1月2日)

貞明親王は、三ヶ月で立太子、貞観十八年(876年)九歳で帝位につく。陽成天皇。

つまり、二条の后が東宮のみやす所であったのは、869年から876年の間のこと。

・・伊勢物語の著者は紀貫之という説もあるが、「神世(代)」が藤原高子に問われている。

井月の書簡に、

「蓬莱に聞ばや伊勢のはつ便り
慈鎮和尚の歌に
 此たびはいせのしり人おとづれてたより嬉しき花柑子かな
此古歌どりなり。」

・・

伊勢=神世というスタンス


 

・・

 投稿者:山田  投稿日:2017年 2月24日(金)00時59分39秒
  蓬莱に聞くばや伊勢のはつ便り

此たびはいせのしり人おとづれてたより嬉しき花柑子かな(慈鎮)

・・

大原や小塩の山もけふこそは神代のことも思ひ出づらめ(七十六段)
 

・・

 投稿者:山田  投稿日:2017年 2月23日(木)01時10分37秒
  ・・神坂峠(みさかとうげ)は、木曽山脈南部の岐阜県中津川市と長野県下伊那郡阿智村の間にある標高1,569 mの峠である。位置は、北緯35度28分19秒東経137度37分55秒。


花歌とて

吹きのぼる木曾の御坂みさかの谷風に梢もしらぬ花を見るかな(続古今139)鴨長明


横浜みなとみらい  北緯35度27分29秒 東経139度37分55秒
横浜駅    北緯35度27分58秒 東経139度37分21秒
 

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