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南アルプスのチャートについて

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 7月28日(日)10時00分38秒
  南アルプスの地質について教えて頂きたいことがあります。南アルプスの甲斐駒ケ岳から鳳凰三山に至る領域は花崗岩ですが、他は殆ど付加体と理解しております。名峰の赤石岳周辺はチャートで構成されていると思います。このチャートはSiO2が主成分と聞いています。海底を移動して押し上げられ、標高3000mにまで達しています。チャートは海洋プランクトンである放散虫の死骸が堆積して硬い岩石になったようです。石灰岩はCaですから、深海では海水に溶解してしまうかと思います。名峰の赤石岳とかはCaが海水に溶解する深海を移動してきたのでしょうか?海溝から押し上げられ、浅い海域を移動することがなかったのでしょうか?日本列島の一部が中国大陸に引っ付いていた頃の出来事かと思います。南アルプスの主峰を構成するチャートについて御教授をお願いします。  
 

アジア大陸東縁の沈み込み帯の誕生と日本列島の成長

 投稿者:河本  投稿日:2019年 5月31日(金)12時16分40秒
編集済
  1、沈み込み帯では、冷たい海洋プレートが大陸の下へ斜めに沈み込んでいるために、大陸の下の深部のプレート境界付近は相対的に低温になっています。
 また、海洋プレートが100km以深に沈み込んだ先では、海洋プレートから放出される水のために融点降下という現象が生じ、大陸側の深部の高温のマントルの一部が融解してマグマが生じます。このマグマが上昇している領域の浅部は相対的に高温になっています。
 この沈み込み帯特有の、深部は低温、浅部は高温という、地温が逆転した構造をまずご理解ください。

2、マグマは、かんらん岩質のマントルの部分融解により生じます。

 中央海嶺やホットスポットでは、高温のマントル(固体)の上昇により、融点が低い低圧の浅部でその一部が融解(減圧融解)し、玄武岩質の海洋地殻が造られます。

 沈み込み帯では、海洋プレートが深部に持ち込む水による融点降下により、沈み込まれる側のプレートの下の暖かいマントル(固体)が融解してマグマが生じます。水を含んだマグマから花崗岩質の大陸上部地殻が造られます。したがって沈み込み帯は、大陸地殻が成長していく場でもあります。

3、古い大陸地殻と、日本列島の花崗岩の区別ですが、年代の違いです。私は日本列島の始まりを約3億年とするのが良いと思っています。そのころ分裂したゴンドワナ超大陸の一部であるシベリア大陸・北中国大陸(中朝大陸)・南中国大陸(揚子大陸)が衝突合体して中国大陸の原型ができ、古太平洋のファラロンプレートが沈み込み始めました。アジア大陸の東縁に太平洋の海洋プレートが沈み込む、日本列島が形成されていく場が誕生したわけです。

 飛騨-隠岐帯の片麻岩はジュラ紀に高温変成を受けていますが、その原岩の年代はおそらく20億年前以上に遡り、日本列島が形成される以前の大陸の地殻です。(高温低圧型変成岩である飛騨片麻岩・隠岐片麻岩の原岩には、花崗岩と堆積岩の両方が含まれると思いますが、私はよく理解できていません)

 飛騨帯の神岡付近に分布する船津花崗岩は、ジュラ紀の沈み込み帯のマグマ活動で形成されたもので、アジア大陸側の古い地殻ではなく日本列島形成時代の花崗岩です。

 沈み込み帯は、海洋性プレートが持ち込む水による融点降下により、花崗岩質の大陸上部地殻が造られていく場です。ジュラ紀の船津花崗岩、白亜紀の阿武隈・領家・山陽花崗岩など、古第三紀の山陰花崗岩など、新第三紀の黒部花崗岩・外帯花崗岩・甲斐駒花崗岩など、さらに第四紀の滝谷花崗岩は、日本列島の形成史の中で誕生した花崗岩類ですが、造られつつある大陸地殻ともいえます。

 飛騨-隠岐帯の基盤である片麻岩は、東アジア大陸東縁の沈み込み帯という場が誕生し日本列島が成長し始めた時代よりも以前のものという、「日本列島形成の時代」かそれ以前かという歴史的な区分とお考えください。

4、領家変成帯と三波変成帯は、ジュラ紀付加体を主とする丹波-美濃-足尾帯と秩父帯、白亜紀付加体である四万十帯北帯、古第三紀付加体である四万十帯南帯という区分に対し、それらを原岩とする広域変成帯という意味で1ランク下の区分です。

 領家変成帯は、ジュラ紀付加体である丹波-美濃-足尾帯が白亜紀後期の花崗岩質マグマの貫入により高温低圧型の広域変成を受けた広域変成岩である領家片麻岩が分布する地帯です。領家変成帯に分布する花崗岩を領家花崗岩と呼んでいます。丹波-美濃-足尾帯の付加体の岩石と領家片麻岩との境界は漸移的です。

 三波川変成帯は、白亜紀の沈み込み帯の火山フロントより海溝側で低温高圧型の広域変成を受けた広域変成帯です。その結晶片岩類の原岩は、ジュラ紀付加体である秩父帯のものと考えられてきましたが、最近になって砂質片岩や泥質片岩に含まれるジルコンの砂粒の年代が測定できるようになり、白亜紀付加体が原岩であると考えられるようになってきました。すなわち白亜紀付加体である四万十帯北帯の一部がさらに深部へ引きずり込まれて低温高圧型の変成を受けたものと考えられます。
 その後に中央構造線沿いに上昇し、領家変成帯と秩父帯との間に上昇し露出したと考えられます。白亜紀に変成作用を受けたときには、領家変成帯は相対的に浅部にあり、三波川変成帯は相対的に深部にあり、その間に高温から低温への漸移的な部分があったはずですが、中央構造線より外側の三波変成帯の上方にあった部分は、三波変成帯の上昇に伴い削剥されて失われ、領家変成帯と三波川変成帯が中央構造線を境に接するようになりました。中央構造線の最初期の活動期は左横ずれなので、この三波川変成帯を上昇させた中央構造線の活動期がいつの時代の活動なのかは、今のところ未解決です。
 三波変成帯の外側のジュラ紀付加体との境界断層は、御荷鉾構造線(南アルプスでは戸台構造線)と考えられてきました。しかし三波川変成帯の結晶片岩の原岩が白亜紀付加体だということが明らかになってきたので、今まで三波川変成帯に含めてきた御荷鉾緑色岩体(ジュラ紀)の帰属が、新しい問題として浮上してきました。
 

質問と確認

 投稿者:三浦克弥  投稿日:2019年 5月23日(木)12時01分41秒
  先日のツアーに参加した者です。領家帯も四万十帯も付加体でありながら、領家帯はプレートと共に滑り込み、底に張り付いて高熱低圧の熱変化を受けて花崗岩になった。一方四万十帯は堆積物のままの付加体で、後に構造線では区別されるようになった。断層の破砕帯では先行河川によって地形が作られていった。と理解すればよいですか?領家帯はユーラシアの古い大陸と区別できるのはどうしてですか?古い陸地は能登半島周辺だけですか?河本先生の説明をもっとかみ砕いて聞き直したいと思いました。とても良かったのでまたツアーに参加したいと思います。  

フィリピン海プレートの形

 投稿者:大貫  投稿日:2019年 5月 1日(水)20時59分29秒
  ご解説ありがとうございました。伊豆・小笠原島弧の衝突境界の例になるかどうかわかりませんが、この衝突と同じ形が、天皇海山列が 千島カムチャッカ海溝=アリューシャン海溝を三角凸の形で、襟裳海山やカデ海山が 千島海溝=日本海溝を三角凸の形に、九州パラオ海嶺が 南海トラフ=琉球海溝を三角凸の形になっていることが判りました。伊豆半島の ユーラシアプレートの衝突部の三角凸の形は普通に衝突と考えてよいのですね。  

PS:衝突境界と沈み込み境界

 投稿者:河本  投稿日:2019年 4月30日(火)21時06分51秒
   大貫さま、良く読まずに書きこんだので大貫さんの「北米プレートと大平洋プレートの衝突境界」をカリフォルニアのことだと勘違いしました。日本海溝のことだったのですね。

 私は、「東北日本マイクロプレート北米大陸帰属説」には賛同しておりません。東北日本は、もともとユーラシアプレート(細分する場合はアムールプレート)に属していました。東北海道は北米プレート(細分する場合はオホーツクプレート)に属していて、西進してユーラシアプレートに衝突しました。その衝突境界は日高山脈の西側の日高衝突帯です。

 東北日本マイクロプレート説は、2000万~1500万年前ごろに東北日本が反時計まわりに回転しながらアジア大陸から離れて背後に日本海が開きましたが、それ以降は東北日本はユーラシアプレートから独立したマイクロプレートになった。日本海が東北日本の下に沈み込み始め、日本海東縁に「沈み込み境界」が形成されたとするものです。その西縁では糸魚川‐静岡構造線がユーラシアプレートとのプレート境界に成長し、大陸プレート同士の衝突境界になったとみなすものです。
 東北日本北米プレート帰属説とは、東北日本マイクロプレートと北米プレートの衝突境界である日高衝突帯が結合し、東北日本が東北海道が属する北米プレートと一体化し、東北日本も北米プレートの一部になったとするものです。

 私は、東北日本は日本海拡大前と同様、ユーラシアプレートの一部であり続けていると考えています。日本海東縁の断層も大陸プレート内の大陸地殻を切る断層ではないかと思います。糸魚川‐静岡構造線の古傷を利用した活断層帯で発生した白馬村の2014年神城断層地震の震源の深さは5kmと浅く、震源断層が下部地殻とマントルまで切るプレート境界へ成長しているようには見えません。一方日高西縁で発生した2018年胆振地方西部地震では、震源の深さは40kmで、まだプレート衝突境界としての性格は失われていないように思えます。

 いずれにせよ、日本海溝は、東北日本側の大陸プレートに、海洋性の大平洋プレートが沈み込む「沈み込み境界」です。第一鹿島海山は大平洋プレート上のホットスポット起源の玄武岩質の海山です。大平洋プレート上に出っ張った突起上の地形なので、沈み込みに際して多少の引っかかりが生じますが、衝突にはなりません。

 一方、伊豆‐小笠原島孤は安山岩質の海洋性島孤です。軽い海洋性島孤は沈み込めず、その北縁(現在は伊豆半島北縁)は衝突境界になります。
 

衝突境界と沈み込み境界

 投稿者:河本  投稿日:2019年 4月30日(火)13時11分47秒
編集済
  1-1、プレート境界が「衝突型」になるのは、軽い大陸性地殻を持つ大陸性プレート同士の場合です。伊豆ー小笠原島弧のような「海洋性島弧」の地殻も大陸地殻と同様の軽い地殻ですので、「衝突型」になります。
1-2、海洋性地殻を持つ海洋性プレートと大陸性プレートの会合、あるいは海洋性プレート同士の場合は「沈み込み型」になります。
1-3、その他、平行で逆方向に移動するプレート同士の場合は「すれちがい境界」になります。

2-1、太平洋プレートは、太平洋中央海嶺の西側の部分で、アジア大陸側に向かって移動しています。
2-1、南北アメリカ大陸側に沈み込んでいるのは、シアトル沖ではファンデフカプレート、メキシコではココスプレート、南アメリカではナスカプレートです。
2-3、北米西岸の一部では、太平洋中央海嶺が北米プレートの下に沈み込んでしまって、太平洋プレートと北米プレートが接してしまっているところがありますが、そこでは横ずれ境界になっています。
2-4、したがって、太平洋プレートと北米プレートが衝突している境界はありません。

3-1、太平洋プレートと東北日本の境界は、太平洋プレートが沈み込む「沈み込み境界」です。
3-2、第一鹿島海山は、かつて太平洋プレート上のどこかに湧き出したホットスポット海山がはこばれてきたものと思います。重い玄武岩質の海山なので、衝突せずに沈み込むはずです。ただし沈み込んでいく海洋プレート上の突起なので、多少のひっかかりは生じると思います。

4-1、インド大陸とユーラシア大陸の境界は、衝突境界です。ヒマラヤとヒンズークシの方向が折れ曲がっていることから分かるように、チベット側にめり込んだ、インド側から見て凸型の境界になっています。
 

フィリピンプレートの形

 投稿者:大貫  投稿日:2019年 4月29日(月)11時31分56秒
  ご解説ありがとうございました。「伊豆・小笠原島弧の衝突 の櫛形の衝突 1500年前」 を見ました。なんとなくわかったような気になりましたが・・・・・・・。
 伊豆半島は、フィリピン海プレート上のミニ大陸とのこと、鹿島海山と比べ物にならないのかもしれませんが、鹿島海山での、北米大陸と太平洋プレートの衝突では、まったく 北米大陸プレートと太平洋プレートの接している面が 凸にも凹にもなっていません。また。大陸プレート同士の衝突であるインド亜大陸での衝突でもガチにヒマラヤ山脈のところでぶつかり そのプレート同士の接触面は凸にも凹にもなっていないように見えます。
 確かに フォッサマグナがあったり、ユーラシアプレートと北米大陸プレートの境目があったり、下から太平洋プレートが潜り込んできたり、伊豆半島の周りは非常に複雑です。日本海形成もかかわっているのかもしれません。しかし、もし、純粋モデルとして、ユーラシアプレートに伊豆半島が乗った海洋フィリピンプレートがまっすぐぶつかった状況であっても、やはり、この形、ユーラシアプレートが凹、フィリピンプレートが凸になるのでしょうか。古くて固くて厚い大陸プレートが凹になるのは考えにくいのですけれど。いかがでしょうか。現実の伊豆半島は上記のよう複雑な状況の中にあり、先生方には結局、同じことだといわれそうですが。
 

RE:フィリピン海プレートについて

 投稿者:河本  投稿日:2019年 4月27日(土)11時07分50秒
   「なぜ伊豆半島の衝突で、衝突境界がフィリピン海プレート側ではなく、本州側にへこむのか」という疑問を持ったことはありませんでした。なるほど。
 伊豆‐小笠原列島は、海面上では火山島が点々と並んでいますが、海面下まで見ると、巨大な山脈です。フィリピン海プレートの海底地形をホームページの「中央構造線」のメニューに載せました。「伊豆‐小笠原島孤の衝突」までスクロールしてください。
https://mtl-muse.com/mtl/aboutmtl/expand-jpnsea/

伊豆‐小笠原列島は、伊豆‐小笠原海溝から太平洋プレートが沈み込んでいる「沈み込み帯」で造られたマグマが上昇してできている火山列島です。海底の地形の下には、厚さ20kmの安山岩質の深成岩でできた地殻があります。沈み込み帯のマグマ活動で、安山岩質の大陸地殻が造られます。ホームページの「プレート沈み込み帯のマグマはどうしてできる?」を見てください。海洋プレートどうしの沈み込みでできる列島を「海洋性島弧」といいます。
https://mtl-muse.com/mtl/aboutmtl/magma-ascent/

 つまり伊豆半島は、その前に衝突した丹沢、たぶんその前に衝突した櫛形・御坂を含め、マリアナへ連なる、フィリピン海プレート上のミニ大陸です。日本列島が大陸から離れ終わったころに、フィリピン海プレートが現在の位置へきて、日本列島の下への沈み込みが始まり、伊豆‐小笠原島弧の衝突がは決まりました。
 幅狭い本州島弧の横腹に、槍のようにマリアナ島弧が突き刺さってくるので、本州側が曲がったのだと思います。
 

博物館ホームページのアドレス変更

 投稿者:河本  投稿日:2019年 4月27日(土)10時33分49秒
  博物館ホームページのアドレスが変わりました。移設に際して内容も修正していましたので、掲示板への書き込みが遅れました。すみません。新ホームページの「Q&A 感想」アイコンか、「博物館について」メニューの「Q&A 感想」から、このホームページに入れます。新アドレスは
https://mtl-muse.com/
です。
 

フィリピン海プレートについて

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 4月26日(金)23時17分34秒
  私の認識ですが、フィリピン海プレートは遠い昔は現在より南に位置していました。北上して動きを東寄りに変え、西日本の下に沈み込んでいます。フィリピン海プレートに乗っかってきた海山等は剥ぎ取られ、付加体としてフォッサマグナ西縁に押し上げられています。南アルプスの櫛形山等も嘗てはフィリピン海プレートによって運ばれてきた山塊と理解しております。これに続いて巨摩山塊、御坂山塊、丹沢山塊そして伊豆半島がぶつかっているようです。フィリピン海プレートは途切れることなく連続的に動いていますから、伊豆半島が衝突する前にも多くの山塊が押し寄せています。現在南アルプスが隆起している理由もこの辺にあるように思えます。このフィリピン海プレートも東側から太平洋プレートに押されているのですから、力学バランスを考えると実に面白味があります。  

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