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河本さんの持論に賛同します!

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年11月29日(金)22時24分52秒
  中央構造線の成り立ちを考えますと、左横ズレで北上してきたズレ面ですから、他の構造線に比べると突出して深いと思っています。伊那山地側にはマイロナイトが見られます。これだって嘗ては地下10キロ以上深い部分で引き伸ばされたものですが、今では地表に露出しています。これからも、他の構造線とは違っていると思います。ただ、諏訪湖付近で糸静構造線で切られていますから、糸静構造線も左横ズレの同等の深いズレ面であると認識しています。今月、櫛形山(池の茶屋登山口)から南アルプスを眺望しました。この下を糸静構造線が走っていて、南アルプスの向こう側を中央構造線が走っていると思うと、『円井断層』や『市之瀬断層』を糸静構造線から切り離して、『甲府盆地西縁断層群』と命名した方が実態に合致していますし、混乱しないと思います。糸静構造線をフォッサマグナの西縁と定義するなら、絶対にこうするべきだと思います。貴重な書き込み、誠に有難う御座いました。  
 

断層(剪断帯)の深さ

 投稿者:河本  投稿日:2019年11月27日(水)15時19分27秒
編集済
   一般的には「構造線」の意味は、「地質単元の境界(地学事典)」ですが地質単元のスケールについての定義はなく、研究者がいろいろなスケールの断層について勝手に命名しています。したがって、深さについてもいろいろなスケールがあるかもしれません。

 しかし、漠然としたイメージでいえば、大規模なものならば、大陸(日本列島を含む)の地殻内の断層なら、それがずれ動いていた時代には、地下の震源領域(地震波を発生する領域)から地表へ連続していたと思います。その下限は高温の火山地帯では浅く、非火山地帯では深いですが、おおむね20km~15km程度です。

 震源領域より深い領域(地震学的下部地殻)では、高温のため、断層のずれを受けた領域(断層帯あるいは剪断帯)では延性変形によりマイロナイトが造られます。ゆっくりとした延性変形では地震波は発生しません。
 中央構造線沿いでは中生代白亜紀に当時の震源領域よりやや下で形成された、花崗岩類が延性変形を受けたマイロナイトが、その後の上昇と削剥により現在の地表に見られますので、白亜紀当時には少なくとも震源領域の下限より下まで断層(剪断帯)があったと考えられます。
 日高山地西縁は、かつてはユーラシア(アムール)プレート側と、北アメリカ(オホーツク)プレート側の千島弧の衝突境界だったのですが、当時の下部地殻のはんれい岩やマントルのかんらん岩がマイロナイト化したものが、その後の上昇と削剥により地表に見られますので、当時の断層はマントル上端の深さにまで達していたと考えられます。

 地質境界としての構造線については、ここで考えている下端の深さは、あくまでその当時の深さです。それを上昇削剥により現在の地表に露出している断層岩から推定したものです。
 その後の再活動により、再び、深部に断層岩が形成されているかもしれませんが、それは今のところ、想像するしかありません。

 早川の地質境界としての糸魚川-静岡構造線は、もし櫛形地塊が、北上し始めたフィリピン海プレート上の伊豆-小笠原島弧の北端にあって本州に衝突したのだとしたら、当時のプレート境界になりますから、その境界断層はマントルにまで達していたはずです。しかし櫛形と御坂については、本州側だったという考えもあります。

 活断層の定義は「最近の時代に繰り返しずれ動いた断層で、将来に再びずれ動いて地震を発生する断層」です。「地震を発生する」に注目するなら、地下5km~15kmの震源域に達していることが定義に含まれていることになります。
 つまり、地表における地震動(揺れ)によって地すべりなどの地盤変状が生じることがありますが、それによって地面に食い違いが生じても、それだけでは活断層とは呼べないということになります。

 活断層である下円井断層や市之瀬断層は、西側の、櫛形山を含む現在の地形としての南アルプス側が東側の甲府盆地川に押しかぶさる逆断層ですね。構造探査で、その断層面は低角西傾斜ですが、早川の直下まで達しているかどうかまでは確かめられていません。

 地質境界としての糸魚川-静岡構造線と、これらの活断層群は、10kmも離れていますから、「糸魚川-静岡構造線」という名前は混乱のもとになっていると私は思います。むしろ「甲府盆地西縁断層群」のほうが実態に合っていると思います。 
 

有難う御座いました!

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年11月24日(日)21時35分6秒
  細部に渡る説明、身に余る光栄です。糸静構造線沿いの露頭は逆断層が多く、東側が西側に乗り上げている様になっております。国界橋近くの『押し被せ断層』、円井の逆断層、新倉の逆断層等がありますが、地下深くでは一つの構造線に帰着すると想像しています。もしかしたら、活断層は、その深さまで達していないものもあるのではないかと個人的に思っています。一般に、何々構造線と言われていますが、どの程度の深さまでを反映しているのか、大変興味深く思っています。河本様の見解、大変有難く拝読しました。今後とも、宜しくお願いします。  

地質境界と活断層のちがい

 投稿者:河本  投稿日:2019年11月22日(金)16時31分17秒
   もし「地質境界としての中央構造線」の位置と、「活断層としての中央構造線」の位置が一致しないということでしたら、それはその通りです。時代もずれ方も違いますから。

 たとえば四国の地質境界としての中央構造線は地表では和泉層群(深部では領家変成岩・花崗岩)と三波川変成岩の境界で、断層面は中角北傾斜です。新第三紀には内帯側が押しかぶさる逆断層でした。一方、活断層としての中央構造線の断層面はほぼ垂直で右横ずれです。震源の深さは10km程度で、そこから中角北傾斜の断層面(地質境界)と垂直な断層面(活断層)で地表へ向かえば、地表面の断層線の位置はかなり離れるはずです。最も離れている愛媛県西部では互いに6km離れて併走しています。

 お近くの糸魚川―静岡構造線でも、早川に露出する地質境界(ほぼ垂直)と、甲府盆地西縁(櫛形山東縁)に露出する活断層(低角西傾斜)とは10km離れています。

 なお、中央構造線も糸魚川―静岡構造線も、地質境界を見るときにはグーグルマップではなく、シームレス地質図を見るのが良い(地質図でなければ地質境界は分からない)と思います。
 

活断層の位置

 投稿者:河本  投稿日:2019年11月22日(金)15時20分19秒
   精度と解釈の両方と思います。産総研の活断層データベースは、活断層研究会(1991)新編日本の活断層がベースになっているように見えますが、『新編日本の活断層』のマップは20万分の1で、マップ上の断層線は0.5mm幅の線で示されていますので、もともと幅170m程度の精度しかありません。
 活断層の認定はまず変位地形の抽出から始まることが多いのですが、地形は侵食や埋積で変化するので、この程度の精度で抽出しても、より高精度の地図には表せなくなることが多いと思います。
 また掘削して地層を調べられる場所は極めて限られますし、仮に地層の変位を確認できたとしても、副断層を含めたすべての変位がその地点だけに表れているとは言い切れません。じっさい白馬・小谷の地震(長野県神城断層地震)では、2万5000分の1の都市圏活断層図に描かれていた活断層の位置と、地表に現れた変位の位置は、必ずしも一致しませんでした。
 地形や地層の判読も、研究者による解釈ですから、研究者によって活断層を認定する位置が異なったり、活動度の解釈が異なったり、さらに活断層か否かの解釈が異なることもあります。
 したがって高縮尺のマップに書かれている活断層の位置も、そこを離れればくいちがいは生じないとは考えず、(いずれにせよ強い揺れは来ますが)、その付近に食い違いが表れるかもしれない目安と考えるのが良いと思います。
 

中央構造線と活断層線について

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年11月20日(水)22時19分45秒
  中央構造線のルートはグーグルマップとかで確認できます。活断層については、産総研の活断層データベースから確認できます。この両者を重ね合わせますと、必ずしも一致しておらず、微妙に差異を感じます。露頭では断層線は目で確認できますが、私には微妙に差異が感じられます。これは表示精度の問題なのでしょうか?それとも、必ずしも一致しない理由があるのでしょうか?私は地質の素人ですから、あまり声高に聞けれません。大変素朴な質問ですが、御教授をお願いします。  

来館お礼

 投稿者:河本  投稿日:2019年11月13日(水)10時49分4秒
  こちらこそ。台風19号による津久井地域の小河川のはんらんなど、貴重な情報、ありがとうございました。  

(無題)

 投稿者:k.ochiai  投稿日:2019年11月11日(月)09時54分32秒
  10日に伺いました、相模原市の者です。丁寧なご説明をいただき大変勉強になりました。当地も構造線上に立地している関係からとても大鹿村の環境が身近に感じられました。また、ろくべん館にも立ち寄らせていただきましたが、私が子供のころに使用していた魚取りの道具なども展示してあり、懐かしく拝見いたしました。リニア工事が進められており、村の景観もこれから変わってゆくかも知れませんが、いつまでも変わらぬ大鹿村であってほしいとおもいます。  

付加体は海溝陸側斜面を這い登らない

 投稿者:河本  投稿日:2019年 9月21日(土)12時48分4秒
編集済
   ご指摘のとおり「炭酸塩補償深度」以下の水深では微小な石灰質粒子は海水に溶けてしまいます。現在の太平洋の赤道付近では炭酸塩補償深度は約4000mです。
 海洋プレートの本体は地球表層で冷却されて流動性を失ったマントルですが、中央海嶺から離れるに従い冷却が進み、その下方の流動的なマントルも冷却してプレートになっていくので厚みが増していきます。同時に冷却のため密度が増加するので沈下し、水深が増していきます。水深が炭酸塩補償深度以下になると石灰質のプランクトンのマリンスノーは溶解してしまうので、石英質のプランクトンの殻だけが堆積しチャートが形成されるようになります。したがって海溝に達する直前の海洋プレートの表層は、海洋地殻を構成する玄武岩の上に、中央海嶺から炭酸塩補償深度以深に沈下するまでの間や火山島周辺に堆積した石灰岩、炭酸塩補償深度以深に沈下して以降に堆積したチャート(未固結のものは放散虫軟泥)の順に堆積しています。これを「海洋プレート層序」と言っています。
 海溝ではさらにその上に大陸から流れ込んだ海底土石流砂岩や泥岩が堆積し、それらを載せて海洋プレートは大陸プレートの下に沈み込んでいくわけです。

 ご質問は、海溝に到達した石灰岩が海溝陸側斜面を這い登って浅い海底に達すというイメージをもとに、石灰岩が炭酸塩補償深度より浅い海底で溶けてしまうのではないかということだと思います。
 このイメージは誤りで、付加作用が生じるのは、沈み込み口の海溝よりも先の地下のプレート境界面です。沈み込まれる側には過去に付加した付加体があり、その下に新しい付加体が付加しますから、付加ユニットどうしを比べると新しい付加体の上に古い付加体が分布することになります。また大陸プレートの海溝より陸側は「前弧海盆堆積物」に覆われています。

 なお、赤石山脈主稜線の付加体(四万十帯北帯)が付加したのは約1億年前の中生代白亜紀です。日本列島が大陸から離れたのは新生代新第三紀の2000万年前~1500万年前にかけてです。現在の地形としての赤石山地は、だいたい258万年前から現在にかけての第四紀になってから始まった局地的な地殻変動によって上昇しています。
 四万十帯北帯の付加と、現在の地形としての赤石山地の隆起の間には、多くの大変動が介在しています。この時空間のスケールが異なる現象を混同しないようにしましょう。
 

南アルプスのチャートについて

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 7月28日(日)10時00分38秒
  南アルプスの地質について教えて頂きたいことがあります。南アルプスの甲斐駒ケ岳から鳳凰三山に至る領域は花崗岩ですが、他は殆ど付加体と理解しております。名峰の赤石岳周辺はチャートで構成されていると思います。このチャートはSiO2が主成分と聞いています。海底を移動して押し上げられ、標高3000mにまで達しています。チャートは海洋プランクトンである放散虫の死骸が堆積して硬い岩石になったようです。石灰岩はCaですから、深海では海水に溶解してしまうかと思います。名峰の赤石岳とかはCaが海水に溶解する深海を移動してきたのでしょうか?海溝から押し上げられ、浅い海域を移動することがなかったのでしょうか?日本列島の一部が中国大陸に引っ付いていた頃の出来事かと思います。南アルプスの主峰を構成するチャートについて御教授をお願いします。  

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