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フィリピンプレートの形

 投稿者:大貫  投稿日:2019年 4月24日(水)10時42分2秒
   最近 伊豆半島がフィリピンプレートに乗って本州にぶつかっていると聞き、感動している素人です。判らないのは、伊豆半島がぶつかっているのだから、フィリピンプレートの形はその部分で凹みそうなのに、逆に吸い寄せられているように、本州側にその部分が凸になっていることです。陸の伊豆半島とフィリピンプレートが離れられないことが こんな形になっている理由でしょうか
それとも フォッサマグナの穴を埋めるために吸い寄せられているのですか?
 
 

甲斐駒花崗岩について

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 3月20日(水)22時31分45秒
  河本様、折り入って御見解を賜りたいことがあります。私は甲斐駒ケ岳の近くに居住していることもあって、黒戸尾根やその支尾根を歩いたりしております。そこで感じるのは、痩せ尾根でありながら岩質が花崗岩質であることです。そんなに標高が高くなくても花崗岩質の痩せ尾根が見られます。花崗岩質といっても、風化で脆くなって砕け散っている状態ですが、間違いなく花崗岩質です。河本様が『太平洋プレートほか』と題して掲示板に書き連ねた文章の中に、『衝突後に貫入したと考えられる甲斐駒花崗岩』がありました。花崗岩は地下の深いところでマグマが時間をかけて冷えたために結晶化されたと理解しております。貫入したマグマが花崗岩となり、それが隆起して貫入部が痩せ尾根を形成しているのでしょうか?御教授をお願いできればと思います。  

背孤海盆の拡大の原動力

 投稿者:河本  投稿日:2019年 3月19日(火)22時09分1秒
  日本海や四国海盆などの背孤海盆の拡大については、そのメカニズムについてはまだ未解決と思います。ただし日本海拡大時に生じた断層はほとんど正断層ですので、背孤側からの押しではなく海溝側からの引きが、基本的な応力場と思います。ただしそれが沈み込む海洋プレートそのものが原因で海洋プレートの沈み込み口である海溝が後退していったのか、多数のプレートどうしの押し引き関係がもたらしたのか、納得できる見解はまだ確定していないと思います。  

大変勉強になりました

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 3月19日(火)20時11分9秒
  河本様、大変勉強になりました・・・フォッサマグナ、伊豆・小笠原島弧、フィリピン海プレート、太平洋プレートを想定し、南アルプスの隆起に焦点をあてていました。視野がどんどん広がっていきます。『1500万年前ごろには日本海溝と伊豆‐小笠原海溝の後退と背弧の拡大は終わりました。』と記載されておりました。日本海の拡大が終えたのが1500万年前頃ですから、押し出された(後退)ことを考えますと、マントル対流の巨大な力が思い知らされます。
遥か昔、太平洋中央海嶺が発生して太平洋か出来上がった頃、今の大西洋中央海嶺の様な時期があったのだろうと想像しました。レクチャーを適用して考えると、左右のプレートの移動速度に差異が生じたために、海嶺自体が西側に移動していったと想像されます。素人の発想ですから・・・。日本の南の海域の状態、あまり考えることがありませんでした(せいぜい南海トラフまで)。河本様がこの掲示板で知らせている内容の講演会があったら、是非とも聴講したいと思います。
イザナギプレートを調べてみましたが、2500万年前頃にはユーラシア大陸の下に埋没してたようです。日本海が発生する遥か前になりますから、太平洋プレートはユーラシア大陸の近くで沈み込んでいたのでしょう。その後、日本海の拡大に伴って後退していったということですね。この辺を演題にした講演、是非聞きたいと思っております。興味深いレクチャー、誠に有難うございました。
 

比較沈み込み学

 投稿者:河本  投稿日:2019年 3月16日(土)14時12分38秒
   海洋性プレート移動の原動力として、①海嶺からの暖かいマントルの湧きあがりにより押される、②海溝からの冷えた海洋プレートの沈み込みにより引かれるのどちらかが考えられましたが、現在は②の海洋性プレート自身が冷えて密度が増し、地球内部へ沈み込んでいくことによる引っ張りということで決着がついたと思います。したがって太平洋中央海嶺は、太平洋プレートが西へ、ファンデフカプレート、ココスプレート、ナスカプレートが東に移動することにより生じた割れ目を埋めるように、暖かく流動的(であるが固体の)マントルが上昇しているところということになります。一方のプレートの移動速度が速く、他方が遅ければ、中央海嶺自身も速く移動する側に移動していくし、ついには海嶺が沈み込むことになります。あるいは大陸プレートの移動によって海嶺が飲み込まれることも起こります。すでに太平洋‐ファンデフカ海嶺はほとんど北米プレートの下に沈み込んでしまって、ファンデフカプレートはシアトルの沖合にわずかに残るだけになっています。
 海洋性プレートが沈み込んでいる沈み込み帯について、それぞれの沈み込み帯どうしのちがいを検討する「比較沈み込み学」では、「チリ型」と「マリアナ型」に大別します。チリ海溝は中央海嶺からの距離が近く、若くてあまり冷えていない軽いナスカプレートが沈み込んでいて、沈み込み角度が浅く、大規模なプレート境界型地震が発生しています。マリアナ海溝は中央海嶺からの距離が遠く、太平洋プレートでも最も古い2億年前に誕生した部分が沈み込んでいて、冷えた重いプレートが高角度で沈み込んでいて、沈み込み口の海溝も太平洋プレート側に後退しつつあり、マリアナ島弧の背弧側にマリアナトラフが開きつつあります。
 新第三紀中新世の太平洋プレートの沈み込み帯では、2000万年~1500万年前ごろに古日本海溝が東へ後退して背弧海盆である日本海が開き、ほぼ同時期に古伊豆‐小笠原海溝も東へ後退して背弧海盆である四国‐パレスベラ海盆が開きました。1500万年前ごろには日本海溝と伊豆‐小笠原海溝の後退と背弧の拡大は終わりました。第四紀になって、日本海溝は西側へ前進し始め、沈み込まれる側の日本列島の大部分の地域に東西圧縮を与え地殻変動を起こしています。一方、南方のマリアナ海溝は東へ後退し始め、マリアナトラフが開きつつあります。古マリアナ海溝の後退とパレスベラ海盆の拡大の時期と、マリアナ海溝の後退とマリアナトラフの拡大開始の時期も、太平洋プレート西縁沈み込み帯での日本海溝‐伊豆小笠原海溝‐マリアナ海溝という一連の沈み込み帯での沈み込み状況の変遷という視点から興味深いところです。
 フィリピン海プレートについても、九州‐パラオ海嶺と伊豆‐小笠原島弧の間の四国海盆の部分は、(現在開裂中のマリアナトラフを除けば)もっとも若く暖かい部分であり、チリ型の沈み込みが生じている部分です。一方、琉球海溝から沈み込んでいるのはフィリピン海プレートでも古い部分であり、そこでは現在、海溝の後退と背弧側の沖縄トラフの開裂が起こっています。
 

イザナギプレート他

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 3月16日(土)01時05分51秒
  イザナギプレートは日本がユーラシア大陸(中国)に引っ付いていたころのプレートで、北に向かって移動していたと思います。巨大な左横ズレが発生して現在の中央構造線の元が出来上がったと理解しています。武甲山の先端塊は良質の石灰岩で、遠い南の海で形成された海山の破片が押し上げられた結果だと想像しています。そうしますと、日本海が発生する遥か前の話になりますね。現在の太平洋プレートは東太平洋海嶺から湧き上がったと理解していますが、イザナギプレートから太平洋プレートにシフトしていく過程はどの様になっていたか、非常に興味があります。移動方向がちがいますから、余計に興味がそそられます。
昨年、南アルプスに関する講演会がありまして、思わず『フィリピン海プレートで運ばれた山塊の北限は何処か?』と質問させてもらいました。櫛形山を構成する岩帯が白州の中山まで至っているので、多分中山だろうと思っていました。講演者が『中山です』と言われましたので、大変合点がいきました。櫛形山から中山までは結構距離がありますから、相当長い時間をかけて赤石山脈北部に影響を与え続けたと理解しました。『300万年ほど前から別の力を東から受けて現在の隆起が始まった』と書かれていましたが、『東からの力』とは現在の太平洋プレートを意味しているのでしょうか?現在のフィリピン海プレートは、その昔はもっと南に位置しており、北上して移動の向きを西側に変えたと聞いたことがあります。『300万年ほど前』と言いますと、丹沢山地が関東山地に衝突した後になり、続いて伊豆半島が衝突しています。そうしますと、フィリピン海プレートが活発に動いていたことになますから、『東からの力』にはこれもかかわっているかと思います。個人的には、フィリピン海プレートと太平洋プレートは接していますから、両方が作用している様に思えます。素人の独り言ですので・・・・・。
 

大平洋プレートほか

 投稿者:河本  投稿日:2019年 3月15日(金)16時04分1秒
   武甲山の石灰岩は、大平洋プレートより前の、イザナギプレートが運んできたものですから、大平洋プレートといえども未来永劫のものではないですね。赤石岳の赤色チャートを運んできたプレートについても、イザナギプレートか大平洋プレートか、微妙なところです。なお水平移動は数1000km以上、上下変動量は多くても10数kmですから、まずいつどこで誕生し、どのように移動し、いつアジア大陸の縁にたどりついたかということから考えたいです。
 櫛形地塊については、大平洋プレートの沈み込み帯の火山岩という点は良いと思いますが、ほんとうにフィリピン海プレート上に吹いたものかについては異論もあります。またフィリピン海プレート上に吹いたものとして、その時期や最初の位置についても異なる考え方があります。
 そのカギのひとつは日本海溝が後退した(日本海が開いた)時期と、伊豆‐小笠原海溝が交代した(四国海盆が開いた)時期のタイミング。両方とも大平洋プレートの沈み込み口ですから同時または連続して起きたと思います。現在はマリアナ海溝が後退してマリアナトラフが開いています。
 櫛形の衝突が1200万年前とするのは天野さんの多重衝突説ですが、衝突後に貫入したと考えられる甲斐駒花崗岩の年代から、1400万年前以前とする見方もあります。
 私は櫛形の衝突が赤石山脈北部の地質構造を90度もまくり上げましたが、その変動は終わり、地形もすっかり侵食されて平坦になり、300万年ほど前から別の力を東から受けて現在の隆起が始まったと考えています。
 

太平洋プレートの影響について

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 3月13日(水)19時58分29秒
  河本様、小難しい問題をしまして申し訳ありません。多忙な中、調べて頂き大変恐縮しております。確かに半田等の合金をイメージしますと共晶点があり、個々の融点より低温になります。私は状態図を無理やり教え込まれたので、そこまで深く考えたことはありませんでした。確かに、その環境下に安定して存在し得る状態にシフトしていくのが自然界の道理です。
御回答の中で、『南アルプスの少なくとも北部の隆起は、フィリピン海プレートではなく、太平洋プレートの沈みこみ口である日本海溝の西進が主な原因と私は考えています。』との文言がありました。日本海溝と伊豆小笠原海溝を線で繋げますと、東北から伊豆小笠原島弧に連なる火山フロントはこれに沿っています。秩父の武甲山は太平洋プレートで押し上げられたようです。南アルプスの赤石岳(赤石山脈)は遠洋性プランクトン(放散虫)が深い海底に堆積し、その後に隆起して今に至っていると知りました。このように考えますと、太平洋プレートは非常に広く影響を及ぼしていると改めて知らされます。フィリピン海プレートの下に太平洋プレートが沈み込んでいる事を考慮しますと、南アルプス山塊の現象(変化)は太平洋プレートの影響無しには語れないように思えてきます。今後とも掲示板を楽しみに注視したいと思います。
 

融点降下

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月28日(木)14時29分40秒
編集済
  戸嶋さま

 いろいろ調べますと2つの説明に行きつきました。

1、混合物の融点降下
 混合物の融点は純粋な物質の融点より低くなる。例、錫と鉛の合金の「はんだ」の融点は、錫の融点や鉛の融点より低い。この場合は岩石に水が混ざることにより、岩石の融点が低くなる。固体は分子間ががっちり結合して位置を変えられない状態。混合物では分子間の結合状態が不均一になるので、全体として結合が弱くなると私はイメージしています。

2、融解による体積の減少
 高圧下では体積を減らすように反応が進む。水(おそらく臨界水)と岩石が別々に存在するよりも、岩石の一部が融解してマグマになり、マグマに水が溶けこんだほうが、全体としての体積を減少させることができる。したがって高温高圧下では、水の存在により、岩石が低い温度で融解する。

 私自身、まだ完全に納得できる説明に出会っていないのですが、高温高圧実験では深さ100kmの圧力で水の存在で融点が200度程度降下するという結果が得られているそうです。

 これから具体的に、伊豆‐小笠原島弧が九州‐パラオ海嶺の位置から現在の位置に移動してきた時期や、それぞれの多重衝突体の衝突時期について、現時点でどのような解釈があるか見ていきたいと思います。「櫛形地塊の衝突が1200万年前」というのは、それらのひとつですが、異なる解釈もあります。
 ただ、他の仕事の合間を縫ってやっていますので、時間がかかることをお許しください。

 なお、櫛形の衝突は過去の出来事で、地質構造に痕跡が残っていますが現在の南アルプスの隆起とは無関係です。

 南アルプスの少なくとも北部の隆起は、フィリピン海プレートではなく、太平洋プレートの沈みこみ口である日本海溝の西進が主な原因と私は考えています。

 南アルプスの隆起に伊豆‐小笠原島弧の衝突が関わっているかどうかについては、中間に駿河トラフがあるので、本州側の大陸地殻と伊豆―小笠原島弧の海洋性島弧地殻が接しているのかどうかを考えなければならないと思います。
 それは、フィリピン海プレート側の伊豆-小笠原島弧の背弧側で、伊豆-小笠原島弧主軸の安山岩質の軽い地殻と、重い海洋性地殻の境界がどこなのかと言い換えることもできます。少なくとも御前崎付近から駿河トラフ南部にかけては、重い海洋地殻が沈み込んで東海地震を起こしてきたとすれば、そこでは本州側とは沈み込み関係であって衝突関係ではないことになります。
 プレート沈み込み境界型地震である東海地震の震源モデルでは、畑薙ダム~南部町~富士川河口付近の南東側まで想定震源域にされていますが、富士川河口付近を沈み込み型境界と衝突型境界の境界線という想定だったかどうかは、今は覚えていません。いずれにせよ地表の地形にまどわされず、地下の海洋性島弧地殻の広がりを見ていかなければと思っています。
 

マグマ溜まりについて

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2019年 2月26日(火)09時15分58秒
  河本様、南海の海底地形について大変興味深く拝見させて頂きました。伊豆半島を乗せたフィリピン海プレートがフォッサマグナに押し寄せて、南アルプスを押し上げていると思うと悠久の時の流れを感じます。最近、『プレートが海溝に沈み込む際、大量の水を引き込んでマグマ溜まりの生成を助長している』と記載された資料を目にしました。水が作用すると、どうして融点が下がるのか、原理的な理由がわかりません。御教授頂ければ幸いです。  

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