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前孤・主軸・背孤

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 7日(木)17時22分30秒
   陸孤・島孤・海洋性島孤では、海溝から水平距離で数100km離れた内陸に海溝と平行に火山帯ができます。
 それより深い側でも点々と火山は分布しますが、海溝側には火山は生じません。火山分布の海溝側の境界線を「火山フロント」といいます。

 多数の火山が連なる火山帯の部分を「主軸」といいます。多くの場合、数列の火山帯が並走します。

 火山フロントより海溝側の部分を「前孤(ぜんこ)」といいます。
 前孤の海溝付近は、プレート境界型地震をともなう跳ね戻りによって、海溝に沿う高まりができ「前縁隆起帯」と呼ばれます。前縁隆起帯の海溝と反対側にできる低地帯は「前孤海盆」といいます。陸孤や島孤では、陸地から流れ込む堆積物が前孤海盆と海溝を埋めていきます。

 主軸の背後側を「背孤(はいこ)」といいます・・
 陸孤の場合、背孤は大陸内の低地帯になります。
 島孤の背後の縁海は、火山孤として見る時には「背孤海盆」といいます。日本海は本州孤の背孤海盆です。
 海洋性島孤である伊豆-小笠原島孤の背孤海盆は「四国海盆」です。


伊豆-小笠原島孤の断面

 したがって、伊豆-小笠原島孤の北上と本州孤との衝突や沈み込みを考える場合、伊豆-小笠原海溝から火山フロントまでの前孤、主軸、背孤海盆である四国海盆のセットが本州孤に北上している姿としてとらえる必要があります。そのためには、海水を取り除いた海底地形図が役立ちます。
 前孤、主軸、背孤海盆の衝突や沈み込みの様子を想像してみましょう。


前孤域

 衝突前の前孤には火山体の一部が崩壊した火山砕屑物が流れ下ります。
 本州孤との境界まで北上すると、海洋性島孤地殻を持たない前孤部分は、本州孤の下へ沈み込んでいきます。本州孤との境界のトラフ(=底が平坦で浅い海溝)には、本州孤からの陸源砕屑物(礫・砂・泥)が流れ込んで堆積します。これらは沈み込みにともなって付加体の構成物になります。
 現在は、西相模湾断裂を境に、前孤域が相模トラフから沈み込んでプレート境界型の関東地震を起こしています。


中軸部

 中軸部とその下の海洋性島孤地殻は軽くて沈み込めず、本州孤に衝突します。
 衝突前には火山体が成長し、そのまわりには火山体が崩壊した火山砕屑物が堆積します。それらの年代は、衝突より以前の、火山体が南方で成長した年代を示すでしょう。
 本州孤に近づくにつれ、堆積物に大陸起源の極細粒の泥が混ざるようにます。
 本州孤に接近して本州孤との間の海峡が狭まるとともに、海洋性島孤と本州孤の衝突で本州孤側が押し上げられ、海峡に大量の陸源砕屑物が堆積します。
 したがって過去の衝突地塊の前面の海峡堆積物に大量の陸源砕屑物が含まれた時代が、その地塊の衝突時期を示すことになります。ただし、本州孤側がもっと前に衝突した地塊だった場合、陸源砕屑物の原岩もかつて南方にあった伊豆-小笠原地塊の火山岩や火山砕屑物になりますから、一筋縄にはいきません。古流向などの堆積状況から、本州孤側から流れ込んだ堆積物かどうかの判定が求められます。


背孤域

 中軸沿いの背孤側にも点々と火山が分布します。背孤側では沈み込んだ海洋プレートの深さはさらに深くなります。背孤側で湧出した火山岩には、特徴的な成分のアルカリ玄武岩が見られます。
 海洋性島孤の背孤側では、中軸部の衝突から背孤側の沈み込みにしだいに変化していくと考えられます。静岡県の竜爪山地~焼津には、1600万年に誕生したアルカリ玄武岩が、沈み込みまたは衝突にともなって付加したものが見られます。御坂山地にもアルカリ玄武岩が見られます。
 
 

沈み込み帯の大地形

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 7日(木)17時18分34秒
   前に述べたように、岩石の比重は、かんらん岩質→玄武岩質→安山岩質→花崗岩質の順に軽くなります。
 そのため沈み込み帯で造られる地殻は軽く、アイソスタシー(重力と浮力のつり合い)により、氷山が海面に飛び出すように地形的な高まりを造ります。沈み込み境界の海溝は、地球が丸いために弓なり(孤状)の形になることが多く、沈み込まれる側にできる高まりも海溝と平行に孤状になります。


陸孤・島孤・海洋性島孤

 大陸プレートの縁の沈み込み帯にできる高まりのうち、南北アメリカ大陸の西縁のように、大陸の陸域に分布している場合「陸孤」といいます。
 日本列島のように背後に海があるものを「島孤」といいます。日本列島も約3億年の形成史の大部分は陸孤としてアジア大陸の縁に成長し、島孤になってからの歴史は形成史の10%もありません。日本海のように島孤の大陸側に開いた海は「縁海」と言います。

 海洋性プレートが他の海洋性プレートの下に沈み込んでいる沈み込み帯にできる高まりは「海洋性島孤」といいます。海洋性島孤の研究は大部分が海面下にあるため困難でしたが、今のところ海底地質調査による伊豆-小笠原島孤の研究が最も進んでいます。
 初期の地球にはまだ大陸はなく、海洋プレートどうしの沈み込みにより海洋性島孤が造られました。そして海洋性島孤の衝突合体により最初期の大陸ができました。
 前に述べたように、海洋性島孤の地殻は安山岩質の中部地殻が多くを占めていますが、その下へのさらなる沈み込みによって花崗岩質の大陸上部地殻が成長し、大陸地殻へ成熟していくと考えられています。そのため海洋性島孤地殻は「未分化の大陸地殻」、「未成熟の大陸地殻」とも呼ばれます。

 軽い大陸地殻を持つ大陸性プレートは、その浮力により冷えても沈まずに地球表面に残り、移動により衝突合体や分裂を繰り返しています。
 また、地球の長い歴史では、大陸性プレートのマントルと地殻が分離し、軽い大陸地殻の部分を残して重いマントルの部分が深部へ落下していく事件が起こることも知られてきました。これは「デラミネーション」と呼ばれます。
 軽い大陸地殻は地球表面に残りますから、地球の歴史の初期のころに誕生した大陸地殻の多くも現存し、その周囲に新しい大陸地殻が付け加わってきました。沈み込み帯のマグマ活動の場は、大陸地殻が成長している現場です。

 このように海洋性島孤は海洋プレート上にありながら、軽い大陸地殻と同じように軽いので、大陸プレートの下に沈むことができません。
伊豆-小笠原島孤の下にも、20km以上の厚さの海洋性島孤地殻が存在しています。
これが伊豆-小笠原島孤が西南日本の下に沈み込めずに衝突している理由です。

 伊豆-小笠原島孤の過去から現在に至る本州孤への衝突を考えるとき、地表の火山噴出物だけでなく、この海洋性島孤地殻を含めた衝突を考える必要があります。
 

部分融解で融けやすい成分がマグマに入る

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 7日(木)17時14分38秒
   中央海嶺やホットスポットで造られるマグマも、沈み込み帯で造られるマグマも、マントルのかんらん岩が融けて生じます。
 かんらん岩が融けるなら、「かんらん岩質マグマ」が生じ、そのマグマが固結してできる岩石はかんらん岩になるはずです。しかしマグマが固結してできる海洋地殻は「玄武岩質」で、大陸下部地殻は「玄武岩質(斑れい岩質)」、大陸上部地殻は「花崗岩質」です。
 なぜ、マントルの超苦鉄質のかんらん岩が融けて、苦鉄質の玄武岩質の地殻や、珪長質の花崗岩質の地殻ができるのでしょうか。


マントルの部分融解

 じつは岩石の融点は2種類あります。岩石の一部が融け始める温度を「ソリダス」、より高温で岩石が全て融けてしまう温度を「リキダス」といいます。
 ソリダスとリキダスの間の温度では、マグマと岩石が共存しています。この状態を「部分融解」といいます。部分融解の状態では、もとの岩石の成分のうちマグマに入りやすい成分がより多くマグマに集まります。

 そのためマントルのかんらん岩の部分融解により、かんらん岩より珪酸分やカリウム・ナトリウム・アルミニウム・カルシウムなどが多いマグマができます。この最初に生じるマグマを「初生マグマ」といいます。

 中央海嶺・大地溝帯やホットスポットでは、減圧融解による部分融解で「玄武岩質」の初生マグマが生じます。
 沈み込み帯の、水による融点降下による部分融解でも初生マグマは「玄武岩質」です。ただし海洋プレートどうしの沈み込み帯の場合は、初生マグマの一部は「安山岩質」であると考える研究者もいます。
 中央海嶺・大地溝帯やホットスポットのマグマと沈み込み帯のマグマの大きなちがいは、沈み込み帯のマグマは数%の水を含んでいることです。このちがいが、海洋地殻と大陸地殻のちがいのもとになります。


中央海嶺・大地溝帯やホットスポットで造られる海洋地殻

 海洋地殻の上部は地表面(海底)に湧き出して固結した火山岩の玄武岩です。
 海底や地下の割目に入った海水に触れた熱い玄武岩には、海水と反応して水を含む変質鉱物が生じます。変質鉱物中の水分は水酸基(-OH)の形で含まれています。この水分を含む変質玄武岩が、海溝まで運ばれ、さらに弱い変成作用を受けると「緑色岩」になります。
 海洋地殻の大部分を占めるのは、苦鉄質深成岩の斑れい岩です。付加体中に見られる海洋地殻起源の斑れい岩も、変質して緑色を帯びています。
 海洋地殻の最深部には、マグマだまりの中で晶出し始めた鉱物結晶のうち、重いかんらん石や輝石がマグマだまりの底に沈んでできたかんらん岩が見られます(かんらん岩は、かんらん石と輝石を90%以上含む深成岩です。)
 マグマだまりの中で鉱物結晶が沈積してできる岩石を「集積岩」といいます。

 赤石山地でも、ジュラ紀末~白亜紀初めに古太平洋の巨大ホットスポットの海底溶岩台地が付加した「みかぶ緑色岩体」には、緑色岩や変質斑れい岩とともに、集積岩タイプのかんらん岩も見られます。


沈み込み帯で造られる大陸地殻と海洋性島孤地殻

 沈み込み帯の深さ100km以深で生じた水を含む玄武岩質のマグマは、浮力で上昇して浮力が釣り合うところで停止し、固結して玄武岩質(斑れい岩質)の大陸下部地殻を造ります。
 下部地殻にさらにマグマが上昇してくると、下部地殻に再び部分融解が生じ、より珪酸分やカリウム・ナトリウムなどが多く、融点が低い花崗岩質のマグマが生じます。このマグマが上昇して、花崗岩質の大陸上部地殻が造られます。
 花崗岩質と玄武岩質の中間の組成は安山岩質です。上部地殻と下部地殻を合わせた大陸地殻全体では、安山岩質の組成をもっています。

 玄武岩質マグマの一部は地表に達して玄武岩質の溶岩になります。花崗岩質のマグマが地表に達すると流紋岩質の溶岩になります。花崗岩(火山岩としては流紋岩)と玄武岩の中間の組成の火山岩は安山岩です。安山岩質マグマが生じる成因としては、花崗岩質と玄武岩質のマグマの混合が考えられています。
 そのほか、多様な成分のマグマが生じる原因として、マグマから初期に晶出した鉱物結晶が岩石になって分離していくことによる組成の変化や、マグマの上昇経路で途中にある岩石を溶かしこむことによる組成の変化が考えられています。
 中央海嶺・大地溝帯やホットスポットでは玄武岩しかできませんが、沈み込み帯では流紋岩~安山岩~玄武岩のさまざまな組成の火山岩ができます。ひとつの火山でも、活動期により異なった組成のマグマが噴出します。

 海洋性プレートの下に別の海洋性プレートが沈み込む沈み込み帯には、安山岩質の中部地殻が発達しています。安山岩質の中部地殻は、花崗岩質の上部地殻と玄武岩質(斑れい岩質)の下部地殻に分化する前の最初期の大陸地殻の姿だと考えられています。

 

火成岩の区分

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 3日(日)17時21分12秒
   次の話のために、少し火成岩の区分を復習しておきましょう。
 マグマが冷えて固結した岩石を「火成岩」といいます。


火成岩の鉱物組成

 マグマが冷え固まっていくとき、マグマの成分は幾種類かの異なる成分の鉱物に分かれて固まっていきます。それぞれの鉱物は一定の化学式をもつ化合物です。
 たとえば石英は2酸化珪素(珪酸)。長石は2酸化ケイ素にアルミニウムが加わったものをベースに、カリウム・ナトリウム・カルシウムなどが含まれます。石英や長石は無色の鉱物です。
一方、黒雲母・角閃石・輝石・かんらん石は黒っぽい鉱物で、鉄を含みます。黒雲母と角閃石は成分に水酸基を含みます。輝石やかんらん石になるとカリウム・ナトリウム・アルミニウムは含まれず、カルシウムも輝石の一部にしか含まれません。そのかわり鉄とマグネシウムを多く含むようになります。


鉱物結晶

 これらの鉱物は、成分の原子どうしが決まった角度と距離で結びつくので、特定の幾何学的な構造でできた「結晶」をつくります。
 自由に育った結晶には、内部の構造を反映した決まった形が表れるので「自形(じけい)」といいます。たとえば水晶は石英の自形結晶です。
 結晶が成長していく過程で隣の結晶とぶつかってしまうと、そこで結晶の形が決まってしまうので、そのような形の結晶を「他形(たけい)」といいます。


深成岩と火山岩

 深成岩(または貫入岩)と火山岩(または噴出岩)は、ひとつの区分です。これは冷え方のちがいです。

 深成岩は地下でゆっくり冷えた火成岩で、ゆっくり冷えたためすべての鉱物が大き目(「中粒~粗粒」)に成長し、その大きさがそろっています(「等粒状」)。ただし鉱物どうしは成長の途中でぶつかってしまうので、結晶の形は半自形または他形です。

 火山岩は地表(海底や湖底を含む)に噴きだして急速に冷えるので、結晶が成長する時間が無く、結晶を造れずにガラス(液体がそのまま固まったもの)や極く微細な結晶の集合である「細粒基質」からなる岩石です。
 ただし多くの場合、噴出直前に地下のマグマだまりの中で成長した大き目の結晶である「斑晶」を含みます。火山岩の斑晶は液体の中で自由に成長したので、自形をしています。


珪長質と苦鉄質、酸性と塩基性

 これらは成分による区分です。

 「珪長質」とは石英長石質という意味で、石英や長石を多く含む火成岩、「苦鉄質」とはマグネシウムや鉄という意味で、マグネシウムや鉄を含む鉱物を多く含む火成岩です。一般には珪長質鉱物は無色で苦鉄質鉱物は有色なので、珪長質火成岩は白っぽく、苦鉄質岩石は黒っぽく見えます。

 珪酸(二酸化珪素)は珪長質火成岩には多く含まれ、苦鉄質岩石にはそれより少なく含まれます。珪酸分を多く含む火成岩を「酸性岩」、珪酸分が少ない火成岩を「塩基性岩」といいます。

 そこで火成岩の成分による区分は、珪長質・酸性~やや苦鉄質・中性~苦鉄質・塩基性~超苦鉄質・超塩基性)に分けられます。


両方の区分を合わせて、火成岩の区分は次のようになります。

 流紋岩(珪長質・酸性の火山岩)・花崗岩(珪長質・酸性の深成岩)~安山岩(やや苦鉄質・中性の火山岩)・閃緑岩(やや苦鉄質・中性の深成岩)~玄武岩(苦鉄質・塩基性の火山岩)・はんれい岩(苦鉄質・塩基性の深成岩)~コマチアイト(超苦鉄質・超塩基性の火山岩)・かんらん岩((超苦鉄質・超塩基性の深成岩)
 コマチアイトは高温だった太古の地球でできたものが残っていますが、いまの地球ではできません。


火成岩の融点と比重

 岩石の融点は、珪酸分が多い流紋岩・花崗岩ほど低く、かんらん岩の方へ向かって高くなります。
 また重さ(比重)は、流紋岩・花崗岩は軽く、鉄が多いかんらん岩に向かって重くなります。

 この融点と比重の違いを、覚えておいてください。
 

マグマが発生する場所としくみ

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 3日(日)17時02分4秒
編集済
   地球の体積の約90%を占めるマントル(かんらん岩成分の岩石)の大部分は、高温高圧で、極めてゆっくりとなら変形できる固体です。マントルの地球表面に近い最上部の部分は低温のため固く、地球表面をごく薄く覆う地殻(玄武岩質~花崗岩質の岩石)と合わせて、何枚かの固い板のような固体のプレートになっています。

 では液体のマグマは、どのようにしてできるのでしょうか。今は主に2通りのでき方があると考えられています。


中央海嶺とホットスポットで生じる「減圧融解」

 ひとつは、高温高圧の地下深部からマントルが上昇する場合です。深部で高圧のため固体のマントルが、高温のまま上昇すると、地球表面近くでは圧力が低く融点が低いため、その一部が融けてしまいます。これを「減圧融解」といいます。

 マントルが大規模に上昇しているのは、海洋プレートどうしが離れていく中央海嶺と、大陸が割れていく大地溝帯です。
 そこでは割目に下から温かいマントルが上昇しています。
 プレート運動の原動力が、中央海嶺でのマントルの上昇なのか、海溝からの冷えたプレートの沈み込みなのか、議論されていましたが、今は海溝からの冷えたプレートの沈み込みが原動力であるということで決着がついたと思います。したがって海溝や大地溝帯でのマントルの上昇は、割目を埋めるように受動的に生じている現象です。

 海溝や大地溝帯で上昇したマントルの一部は減圧融解により融けてマグマになり、地表(海底または陸上)に向かって上昇します。その一方、融け残ったマントルは冷えてプレートになります。プレートの上に上昇したマグマは、固結してプレートの表層部の地殻になります。海溝や大地溝帯で造られるのは、玄武岩質の海洋地殻です。(後述)

 マントルが大規模に上昇しているもうひとつの場所はホットスポットです。
 冷たく冷えた海洋性プレートはマントルの底へ沈んでいきます。そのためマントルの深部から高温のマントルの上昇流が生じます。風呂のお湯が冷えていくときに、表面で冷えた湯が下へ沈み、代わりにまだ温かい湯が表面へ上がってくるようなものです。
 この上昇流が地球表面に達している場所をホットスポットといい、地球表面のプレートが離れていく割目とは無関係ですから、大洋にも大陸にも、ときには海溝にも存在します。ハワイがその例ですが、他にも数10箇所のホットスポットが知られています。

 ホットスポットでも減圧融解のためにマグマが生じ、大規模な火山島や海台。陸域では大規模な溶岩台地を造ります。


沈み込み帯で生じる「水による融点降下」

 マグマができるもうひとつの場合は、高温高圧のマントルに不純物として水が混ざる場合です。
 純粋な物質どうしを混ぜて混合物にすると融点が下がる現象を「融点降下(凝固点降下)」といいます。たとえば錫と鉛を混ぜてハンダにすると、錫や鉛の融点よりも低い温度で融けます。鉱石に石灰を混ぜると低い温度で融けます。雪に塩を撒くと0℃よりも低い温度で融けます。

 地下深部に水を持ち込んでいるのは、沈み込んでいる海洋性プレートです。
 海洋性プレートの海洋地殻は、中央海嶺でマグマが冷え固まって造られたときに、熱い溶岩と海水の水分が反応して生じた含水鉱物(水を含む鉱物)を含んでいます。また、沈み込み口の海溝に堆積した堆積物は粒子のすき間に水を含んでいます。水を含んだ海洋地殻や海溝堆積物は、沈み込みにともなって深部へ持ち込まれていきます。

 これらの水は深部で少しずつ放出されていきます。
 沈み込んでいる海洋性プレートの上面が100km~200kmの深さに達している付近では、その直上の沈み込まれる側のマントルの温度は約1400℃という推定があります。その温度圧力条件のマントルに水が加わると、融点降下によりマントルの一部が融けてマグマが生じると考えられています。

 沈み込み帯では、沈み込んでいる海洋性プレートの上面の深さが100km~200kmになっている場所の直上でマグマが生じるので、海溝から数100km内陸側に、海溝と平行に火山帯ができます。
 それより深い側でも点々と火山は分布しますが、海溝側には火山は生じません。火山分布の海溝側の境界線を「火山フロント」といいます。

 現在の日本列島では、太平洋プレートが沈み込んでいる千島海溝~日本海溝~伊豆-小笠原海溝と平行に、千島~北海道~東北~関東・中部~伊豆七島~小笠原西の島に至る火山帯が連なり、「東日本火山帯」と呼ばれます。
 フィリピン海プレートが沈み込んでいる南海トラフ~琉球海溝と平行に山陰地方~九州~トカラ列島・尖閣諸島に至る火山帯が連なり、「西日本火山帯」と呼ばれます。

 現在の浅間山~八ヶ岳~富士山~箱根~伊豆七島は、その下に太平洋プレートが沈み込んで造っている一連の火山帯で、太平洋プレートが深さ150km付近に達した位置の真上に分布しています。
 

冷えて重くなったプレートが、深部へ沈み込んでいく

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 1日(金)10時13分59秒
  (どうぞ「RE櫛形山について」から順に読んでください)

 宇宙に冷やされることで、表面近くのマントルは固いプレートになりますが、固くなるだけでなく冷え縮んで重く(比重が大きく)なります。その下の温かく柔らかいマントルよりも重くなると自分の重さで沈んでいきます。風呂の湯の表面が冷えると、冷たくなった水が下へ沈んでいくようなものです。
 ただし、プレートは固い板のようになっているので、そのまま真下へ沈むことができず、一方の縁から沈んでいきます。この沈み込みが原動力になり、1枚のプレート全体が引っ張られて移動していきます。


大陸性プレートと海洋性プレート

 プレートのうち、表面が上部の花崗岩質と下部の玄武岩質(合わせて安山岩質)の大陸地殻を載せている部分を「大陸性プレート」、薄い玄武岩質の海洋地殻だけを載せている部分を「海洋性プレート」といいます。
 この区分は、プレートの固有名詞としての「太平洋プレート」とか「ユーラシアプレート」とは異なる区分です。たとえば「北アメリカプレート」は大陸性の北米大陸と海洋性の北大西洋の西半分を含んでいますし、「インド-オーストラリアプレート」は大陸性のインド亜大陸とオーストラリア大陸と海洋性のインド洋を含んでいます。
 岩石の比重は、かんらん岩→玄武岩→安山岩→花崗岩の順に小さく(軽く)なります。分厚い大陸地殻を載せた大陸性プレートは、大陸地殻の浮力のために、冷えても沈まなくなります。


沈み込み境界

 したがって軽い大陸地殻を載せた大陸性プレートと、重い海洋性プレートが出会うと、重い海洋性プレートが軽い大陸性プレートの下に沈み込んでいきます。
 日本海溝では、太平洋プレートの重い海洋性の部分が、東北日本の軽い大陸性の部分に沈み込んでいます。(東北日本が、現在はどの大陸プレートに属するかについては、論争が続いています。)
 また、琉球海溝、南海トラフ、駿河トラフ、相模トラフからは、フィリピン海プレートのうち重い海洋性の部分が、軽い西南日本のユーラシア(またはアムール)プレートの大陸性の部分に沈み込んでいます。

 重い海洋性プレートどうしでも、若く相対的に温かい海洋性プレートと古く冷たく重い海洋性プレートが出会った場合、古い海洋性プレートが若い海洋性プレートの下に沈み込んでいきます。
 伊豆-小笠原海溝では、太平洋プレートの古い海洋性の部分が、フィリピン海プレートの若い海洋性の部分の下に沈み込んでいます。

 このような、一方のプレートが他のプレートの下に沈み込んでいる境界を「沈み込み境界」といいます。

 古く重い海洋性プレートが沈み込む場合、沈み込む角度は高角度(垂直に近い)になります。若く軽い海洋性プレートが沈み込む場合、沈み込む角度は低角度(水平に近い)になります。


衝突境界

 軽い大陸性プレートどうしが出会った場合、どちらも沈み込むことができないため「衝突境界」になります。
 現在の丹沢と伊豆の間は、大陸プレートの一部になった丹沢に、フィリピン海プレートの「大陸性」の部分である伊豆半島が衝突する、衝突境界になっています。
 (伊豆-小笠原島弧の部分がなぜ「大陸性(正確には海洋性島弧)」であるのかはマグマ活動の性格が関わっていますが、それについては後に述べます。)

 丹沢が衝突してきたときには、現在の関東山地と丹沢との間が衝突境界でした。その後、丹沢地塊は大陸側に合体し、プレート運動の境界は丹沢地塊の南側に移り、そこに伊豆地塊が衝突しています。将来は伊豆地塊も大陸プレートに合体し、プレート運動の境界は伊豆半島の南に移り、そこに神津島が衝突してくると予想されています。


拡大境界

 1枚の海洋性プレートがある方向に移動していき、他の海洋性プレートが反対側に移動していく場合、その境界は割れ目となって広がっていきます。このような境界を「拡大境界」といいます。
 拡大境界には、その下に温かく流動的なマントルが上昇して中央海嶺をつくります。そしてそこで温かいマントルが冷えて固くなり、拡大するプレートの一部になっていきます。

 ところで、離れていく2枚のプレートのうち、一方のプレートの移動速度が他方より速い場合、拡大境界で両方のプレートを造りつつも、境界がそのものも移動していきます。そしてついには、中央海嶺そのものが沈み込むことが起こります。

 このようにして、1枚の海洋性のプレートがすべて沈み込んでしまうことが起こります。現在の地球表面で見られる海洋性プレートの内、最古の部分はマリアナ海溝から沈み込む太平洋プレートの部分で、約2億年前に当時の中央海嶺で誕生した部分です。
 それより古い海洋性プレートは、すべて地球深部へ沈み込んで失われてしまいました。


すれちがい境界

 このほか、2枚のプレートが互いに180°逆方向に動いている境界もあります。
 伊豆-小笠原海溝が九州-パラオ海嶺付近から現在の位置に移動したとき(2500万年前?~1500万年前?)の、西南日本(まだ大陸の一部ですが)沖合の、海洋プレートとの境界は、この「すれちがい境界」だった可能性があります。
 

地球のなりたち

 投稿者:河本  投稿日:2019年 2月 1日(金)09時52分10秒
  地球の物質の成層構造

 地球を、材料になっている物質から見た場合、基本的には重い物質ほど下(中心)に、軽い物質ほど上に重なっています。

 半径約6400kmの地球のうち、中心から半径約3500kmまでは重い金属が占めていて「核」と呼ばれます。

 その外側の、かんらん岩質の岩石でできた部分を、核を包むマントのような部分という意味の「マントル」といいます。地表付近から地下2900kmの核との境界面までのほとんどはマントルで、体積としては地球の約90%を占めています。
 マントルの成分はかんらん岩と同じものですが、地下660kmより下では高圧のため鉱物の結晶構造が変わって、かんらん岩より重いペロブフスカイトという岩石になっています。そこで、660kmより浅い、かんらん岩の部分を上部マントル、660kmより深い、ペロブフスカイトの部分を下部マントルに細分しています。

 地表とマントルの間には、かんらん岩より軽い岩石でできた極く薄い「地殻」があります。
 地殻は2種類あり、厚さ数kmの玄武岩質の岩石だけでできた海洋地殻と、玄武岩質の下部地殻と花崗岩質の上部地殻と合わせてトータルでは安山岩質で厚さ30~50kmの大陸地殻があります。地球表層は、海洋地殻が分布する領域と大陸地殻が分布する領域に分かれています。

 さらに、その外側には、より軽い水圏や気圏が取り巻いています。


地球の状態の成層構造

 次に、地球の材料ではなく状態で見ていきます。

 地球中心部は46億年前に誕生したころの熱が残っていて、基本的には中心が高温で、宇宙に熱が逃げていく表面付近が低温です。
 地温は地下深部ほど高温で、地表から6400km下の中心で約6000℃、2900km下のマントルの下底で約3500℃という推定があります。

 物質は同じ圧力なら、低温から高温に向かって固体→液体→気体のように変化します。固体は分子どうしががっちりと結合していて互いの位置を変えられない状態です。液体は結合が少し弱く、互いの位置は変えられますが、分子どうしの引き合いは残っていて距離は変わらない状態です。気体はさらに結合が弱くなって分子が自由に飛び回っている状態です。

 圧力が異なる場合、ふつうの物質では、液体に変わる温度である融点や、気体に変わる温度である沸点は、圧力が高いほど高くなります。
 ふつうの物質は、固体から液体になるときに体積も少し増えます。したがって高い圧力に打ち勝って体積を増やして融けるためには、より高温が必要になります。
 (ただし、水は非常に例外的な物質で、固体の氷になるときに液体の水よりも分子間の距離が長くなる形で固結します。したがって固体の氷のほうが軽い(密度が小さい)ため液体の水の上に浮きます。また固体の氷に圧力をかけると融けます。これは水の特殊な性質です。)

 地球では深さに応じてその上の物質の重さがかかりますから、地下深部ほど高圧になっています。地温は地下深部に向かって高くなっていきますが、岩石の融点も地下深部に向かって上昇します。マントルの部分では、深さに応じた地温の上昇が融点の上昇に追いつかないので、マントルは基本的に固体です。

 一方、中心核のうち上部の「外核」は、液体です。しかし中心部の半径約1200kmほどの「内核」は、超高圧のため固体です。

 次にマントルの中を見てみましょう。マントルの大部分は高温の固体です。高温のため、やや「軟らかい」固体です。この場合の「軟らかい」とは、非常にゆっくりと変形を加える場合は、バネのように跳ね戻る性質が失われて、撥ね戻ったり壊れたりせずに変形したままになる性質(塑性変形)ができるという意味です。したがってたいへん長い時間では、その位置を変えることができます。
 ただし瞬間的な変形に対しては固い固体として、バネのような変形(弾性変形)するので、地震の縦波も横波もマントルの中を伝わってきます。
 このようにマントルの大部分は固体でありながら、非常にゆっくりとした変形にたいしては、流動的な性質を持っています。

 しかし、マントルのうち、地球表面に近い厚さ数10km~100kmていどの部分は、冷たい宇宙に冷やされるため、低温(1000℃以下)で固くなって流動性が低くなっています。この冷たく固い板のようになった部分と、その上を覆う薄い地殻の部分を合わせたものを「リソスフェア」と言います。「リソスフェア」は流氷が割れるように、何枚かに割れて、それぞれが別々の運動をしていますが、その1枚1枚を「プレート」といいます。

 したがって地球の状態の成層構造は、低温の表面から高温の中心に向かって、薄い地殻と冷たく固いマントルからなり何枚かのプレートになっている「リソスフェア」、やや軟らかいマントル、液体の外核、固体の内核になっています。
 

RE櫛形山について

 投稿者:河本  投稿日:2019年 1月31日(木)15時01分51秒
  戸嶋さま

 櫛形山という地形は、今の地殻変動による、前面の甲府盆地との境の活断層を境界にした上昇と、背後の地質境界としての糸魚川-静岡構造線の弱線を早川が下刻することで造られています。
 一方、その材料になっている岩石は新第三紀の海底火山の噴出物で、一部に大陸から海溝や海峡に流れ込んだ堆積物です。

 この海底火山噴出物がフィリピン海プレート上に噴出したものならば、丹沢-伊豆多重衝突の先駆けということになります。衝突は、地表の火山噴出物だけでなく、地下の深さ約30kmに達する厚さの島弧地殻全体を含めて生じたはずです。
 しかしほんとうに櫛形地塊から伊豆-小笠原の多重衝突が始まったのか。あるいは櫛形地塊が衝突したとして、その時期がいつなのかということは、まだ議論されている最中と思います。

 櫛形山の岩石の由来を考えるときに、次の2点が復元を難しくしていると思います。

1、衝突される側の東北日本のマグマ活動と、衝突する側の伊豆-小笠原島弧のマグマ活動は、基本的にはその下に太平洋プレートが沈み込んでいるために生じている。
 つまり、「沈み込み帯のマグマ活動」という成因は同じで、たまたまアジア大陸側に噴出したか、フィリピン海プレート側に噴出したかのちがいにすぎない。そのため、衝突された側の北部フォッサマグナの海底火山噴出物と、衝突した側の伊豆-小笠原島弧の海底火山噴出物の区別が困難。

2、新第三紀には、アジア大陸側では日本列島が大陸から離れて日本海が拡大した。フィリピン海プレート側では、伊豆-小笠原海溝と伊豆-小笠原島弧が九州-パラオ海嶺付近から現在の位置へ移動し、その間に四国海盆が開いた。
 この日本海の拡大の期間と、四国海盆の拡大の期間との関係、フィリピン海プレートの進行方向が変化した時期との関係が、まだよく解明されていない。
 つまり、以下のように解釈が分かれることになる。
①日本海拡大前には伊豆-小笠原島弧はすでに今の位置にいて、本州側が南下して伊豆-小笠原島弧に衝突した。その後、フィリピン海プレートが北上し始めた。
②日本海の拡大が終わるころ、伊豆-小笠原島弧が現在の位置に来て、北上し始め、衝突が始まった。
③日本海が拡大し終わった時には、伊豆小笠原海溝および島弧はまだ現在の位置にまで来ていなかった。その後にさらに東方へ移動して現在の位置に来て、北上し始めて衝突が始まった。

 私は火山岩についてもフォッサマグナ地域についても、浅い理解しかありません。
 伊豆-小笠原島弧の多重衝突は、地球の基本的な仕組みにも関わる大きなテーマですので、どのように説明、あるいはいっしょに理解を深めていったらよいのか、この半月、考えてきました。今の自分が課題としていることを共有していただけたらという思いで書いていきたいと思います。
 

櫛形山について

 投稿者:戸嶋 清房」  投稿日:2019年 1月 4日(金)19時10分16秒
  河本様、私も遅くなりまして申し訳ありません。御回答、誠に有難うございました。奥之院から富士見山を遠望した画像、今でもしっかり目に焼き付いております。まだ、足腰は大丈夫のようで、歩き回っております。それで、もう一つ河本様の見解をお聞きしたいことがあります。文献に『櫛形山地塊は1200万年前頃に衝突した』とありました。多分、フィリピン海プレートに乗っかってきたと想像されます。シームレス地質図を見ますと櫛形山と同じ地質帯が白州町の中山まで確認できます。これより北には確認できません。そうしますと、フィリピン海プレート乗って運ばれた地塊の北限は、中山と考えて良いのでしょうか?実際に歩いてみますと、中山の尾根は糸静構造線に並行していることが分かります。八ヶ岳側は火成岩(八ヶ岳火山の影響)ですが、反対側はそうではありません。非常に脆い岩塊が目につきました。櫛形山地塊、巨摩山塊、御坂山塊と連なる山地はフィリピン海プレートの悠久の動きを物語っているかと思います。中央構造線とは関係が薄いのですが、御見解をお願いします。  

富士見山の岩石の起源と、現在の隆起

 投稿者:河本  投稿日:2018年11月18日(日)15時37分44秒
   戸嶋さま。たいへん遅くなって申し訳ありません。添付の画像は身延山奥之院から富士見山を見たものです。赤矢印で両端を示した、山麓扇状地の上縁を結ぶ線の付近が活断層である「富士見山断層」です。

 岩石の成因と、現在の地殻変動は別のものですから、まず地形について。

 現在の大地形としての隆起ブロックである赤石地塊の東縁は、甘利山-櫛形山-富士見山の東縁の活断層群です。櫛形山東縁の市ノ瀬断層を東西に横切る深部構造探査では、市ノ瀬断層は低角で、櫛形山の下へ伸びています。震源になる深さ10km付近では早川付近の下に達し、「地質境界としての糸魚川-静岡構造線」と一体になると考えられます。そこで、この赤石地塊東縁の活断層を「活断層としての糸魚川-静岡構造線」といいます。ただし、国の地震本部では「活」の字を使わず「糸魚川-静岡構造線断層帯」と呼んでいるので、まぎらわしいです。地震本部のホームページの「糸魚川-静岡構造線断層帯」の評価の図2-4の南部区間の図をごらんください。
https://www.jishin.go.jp/main/chousa/katsudansou_pdf/41_42_44_itoigawa-shizuoka_2.pdf

 地震本部の「(活断層としての)糸魚川-静岡構造線断層帯」の南端は富士見山断層としていますが、『新編日本の活断層(1991)』には、身延町南方の富士川本流より3~4km西方の門野付近の大城川の河岸に見られた「身延衝上断層」の露頭の写真が掲載されています。

 地形としての甘利山-櫛形山-富士見山-身延山は、基本的には東縁の「(活断層としての)糸魚川-静岡構造線断層帯」の逆断層で上昇する赤石傾動隆起地塊の東辺部で、西側の「地質境界としての糸魚川-静岡構造線」を早川と春木川が下刻することによって、東側の隆起準平原面が残ったものと思います。

 赤石山脈主稜線から伊那谷にかけては接峰面(侵食され残った尾根を基準に谷を埋めて作る仮想的な面)を作ると、かつての平原の面が東側ほど上昇して傾いている様子が復元できます。しかし白根三山~白根南嶺の標高に比べ、甘利山-櫛形山-富士見山-身延山の稜線の標高はずっと低いので、かつての平原の面は東に向かって撓んでいるように見えます。白根三山~白根南嶺と「(活断層としての)糸魚川-静岡構造線断層帯」の間の地域には、未解明の変形があるかもしれません。

 次に、富士見山の材料になっている岩石についてですが、私は富士見山に上ったことがありません。シームレス地質図を見ると、南北方向に延びる新第三紀中新世の約1600万年前~約1200万年前の海成の砂岩泥岩互層、海底に噴出した玄武岩、海成の泥岩、海底に噴出した玄武岩が、山頂から東側の山麓に向かって並んでいます。これらの玄武岩が、かつての伊豆-小笠原島弧の海底火山噴出物だとすると、堆積岩は衝突時の海溝や海峡の堆積物と想像します。あくまで想像ですが。
 なお、火山噴出物の角礫からなる礫岩の場合、日本列島に衝突する以前に、火山島の斜面が海底に向かって崩れ落ちてできた場合も考えられます。

 以前、櫛形山に登った時には、安山岩と玄武岩の溶岩しか見えなかったのですが、富士見山には海溝や海峡に日本列島側から流れ込んだ砂と泥の堆積物も分布しているのかもしれませんね。
 いずれにせよ、現在の地形としての富士見山が隆起し始めたのはずっと後のことです。
 

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