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高座岩の礫岩

 投稿者:河本  投稿日:2018年 3月31日(土)11時17分50秒
   日朝上人が修行したと伝えられる高座岩は、長径20cmていどの大礫を含む、大小の円礫からなる礫岩です。礫種には花崗岩礫も見られます。同じ礫岩は大鹿にも分布していて、鹿塩の黒川で採集した転石が博物館にあります。
 高座岩礫岩は、ジュラ紀付加体である秩父帯と御荷鉾緑色岩体の間に、両側を断層で限られて挟まれた「戸台構造帯」中に分布しています。戸台構造帯中の泥岩からはアンモナイト化石、砂岩からは三角貝化石が見つかっています。化石の年代は白亜紀前期の約1億2000万年前のものです。高座岩礫岩の年代は直接に測られてはいませんが、砂岩や礫岩と同じ年代だとすると、領家花崗岩より古いので、高座岩礫岩中の花崗岩礫は領家花崗岩とは別の起源のものということになります。
 戸台構造帯に分布する地層は付加体ではなく大陸の河口付近~大陸棚の堆積物で、大陸起源の地質体です(海面下にあっても海溝までは大陸です)。断層で大陸の一部が切り取られて、ジュラ紀付加体中に挟み込まれたと考えられます。
 赤石山地では秩父帯北帯は失われていますが、関東山地・紀伊半島・四国では秩父帯北帯と秩父帯南帯の間に大陸起源の地質体が断層で挟まれていて、秩父帯中帯または黒瀬川構造帯と呼ばれています。戸台構造帯もその一部である可能性があります。ただし黒瀬川構造帯の指標になる約4億年前の古生代シルル紀の火山岩や変成岩は見つかっていません。黒瀬川構造帯には白亜紀の陸成層や海成層も分布しますので、戸台構造帯の場合は古い部分は大陸から切り取られた側に含まれなかったか、のちに断層運動や侵食で失われてしまったかもしれません。
 遠山地域では、青崩峠付近に古生代ペルム紀の花崗岩が見られます。また石灰岩からペルム紀の微化石が見つかっています。ただしジュラ紀付加体の石灰岩もペルム紀の化石を含んでいますので、戸台構造帯を黒瀬川構造帯の一部と誰でも納得するためには、もう少しデータがほしいところです。
 また、黒瀬川構造帯がもともとどこにあったのかということも、ゴンドワナ大陸から南中国が分離したときの大陸片だという見方もありますが、今のところ、まだ未解決と思います。

 
 
 

岡谷の横河川上流の結晶片岩(補足)

 投稿者:河本  投稿日:2018年 3月31日(土)09時53分3秒
   三好さんの論文では、岡谷の横河川上流に結晶片岩、下諏訪の砥川上流に御荷鉾緑色岩が見られること。赤石山地に併走して分布する結晶片岩帯と御荷鉾緑色岩体の幅を、横河川~砥川の距離にあてはめると、ちょうど横河川付近が中央構造線になると推定しています。
 横川川上流には泥質片岩・緑色片岩・蛇紋岩の露頭が見えていました。砥川上流では表層の崩壊礫と土壌に覆われて露頭は見えていなかったけれども、転石や、堰堤工事で掘られて地表に散乱していた角礫に、緑色岩とかんらん岩が見られた記憶があります。
 

岡谷の横河川上流の結晶片岩

 投稿者:河本  投稿日:2018年 3月30日(金)16時45分48秒
   横河川は北部フォッサマグナ側を掘り込んでいる河です。出速男神社付近では第四紀の火山岩に覆われています。少し上流では、火山岩を掘り下げて、河床には海成の泥岩が見られます。さらに上流の中ノ沢・菅ノ沢の合流点付近には、泥質片岩・緑色片岩・蛇紋岩が露出しています。
 これらは横河川が北部フォッサマグナの地層を掘り下げて、その下の古い岩石が露出したものと考えられ、三波川変成帯の岩石と考えられます。
三好壮一郎(1991)諏訪湖周辺の変成岩、島根大学地質学研究報告10、11-24
ir.lib.shimane-u.ac.jp/files/public/0/6337/20170425005718834822/c005010003.pdf

 外帯の三波川変成岩が横河川沿いに露出していることから、中央構造線は少なくとも横河川よりも北西側にあることになります。
 現在の諏訪盆地は糸魚川-静岡構造線の古傷が現在の東西圧縮によって左横ずれに動き始めたことにより造られているプルアパート盆地であり、その長径は岡谷-茅野間の12kmです。この諏訪盆地を造っている活断層の変位量の12kmで中央構造線が食いちがわされているとすると、ちょうど前宮と横河川の距離になるので、内帯側の岩石は見えていませんが、横河川からそれほど遠くない位置に中央構造線がありそうです。横河川の直線的な流路も、中央構造線の古傷が侵食されていると考えると説明できます。
 

仙水峠・白鳳峠下部の岩海

 投稿者:河本  投稿日:2018年 3月30日(金)16時17分14秒
  うっかりして、掲示板の確認を長期間忘れていました。申し訳ありません。

 仙水峠・白鳳峠下部の岩海の大小の礫は、ともに甲斐駒-鳳凰花崗岩の熱で堆積岩が熱変成を受けたホルンフェルスです。
 氷河が広がった氷期には、森林限界が低下し、南アルプスの稜線にも山岳氷河がありました。稜線の下の「周氷河地帯」は、露岩が露出し、凍結と融解のくりかえしで岩の割れ目が広がって、大量の礫が生産されました。当時はおそらく、周氷河地帯の全体が、現在の3000mの稜線付近のように、砕かれた岩石に覆われた状態だったと想像します。
 温暖な間氷期になり、これらの礫も風化して土壌に覆われていったと思いますが、高温で固く変成したホルンフェルスは風化しにくく、土壌になりにくいので当時の岩海の姿が残っているのではないかと私は想像しています。
 氷期-間氷期は10万年が1サイクルでくりかえしています。もっとも現在に近い氷期は「最終氷期」と名付けられていますが、数万年先に次の氷期が始まれば「最終」ではなくなりますね。最終氷期は約1万年前に終わり暖かい「後氷期」になりました。これも10万年後ぐらいに次の温暖期が来れば「間氷期」ということになります。
 今残っている岩海は、年代の測定結果はありませんが、おそらく2万年~1万年前にできたのではないかと思います。
 

伊那山地の範囲について

 投稿者:yama-take  投稿日:2018年 2月19日(月)22時27分45秒
  上伊那郡に住む登山愛好者です。博物館には一度山帰りにお邪魔したことがあります。
この掲示板見ますと地学の専門的なお話ばかりですので、このような質問をしても良いのか悩むところですが。
wikipediaによると、伊那山地は「諏訪湖の南から佐久間ダム付近まで」と書かれてます。
するとその経路は次のとおりで良いのでしょうか。1)岡谷ジャンクションー守屋山ー不動峰、2)五郎山ー戸倉山ー大萱山、3)大西山ー鬼面山ー谷京峠、4)熊伏山ーボンガ塚ー矢岳山
そう考えて今週矢岳山を歩き、あとは観音山ー矢岳山を残すだけになりました。
今になって熊伏山とか矢岳山が伊那山地であるという記述を見たことがないので心配になりまして、ここならお聞きできるのではないかと思った次第です。
地学的に「伊那山地」の稜線を特定することに意味があるか(1本の線が引けるか)どうかもわかりませんが、何かお答えをいただけることを期待しております。
 

(無題)

 投稿者:北村明  投稿日:2018年 1月 5日(金)17時34分17秒
  あけましておめでとうございます。

2014年に館長にお世話になりましたものです。論文を見ていただきました。謹んでお礼いたします。このたびホームページを開設いたしましたのでご連絡いたしました。今後もよろしくお願いいたします。

 gakuryoken.com

で検索してください。

http://www.gakuryoken.com

 

中央構造線の探査方法について

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2017年10月15日(日)11時34分30秒
  私は諏訪地方に在住していますが、是非御教授頂きたいことが二つあります。
①中央構造線は大鹿村~高遠~杖突峠と続き糸静構造線(フォッサマグナ)と交差します。中央構造線はフォッサマグナが形成される前に既に存在していた筈です。フォッサマグナは深い峡谷で、日本海と太平洋をつないでいたと文献に記載されていました。このフォッサマグナが形成される過程でも土砂が堆積していった筈ですし、陸地化された頃には大量の堆積物に埋まっていたと思われます。その後、塩嶺火山、霧ヶ峰火山、八ヶ岳火山等の活動で火成岩で覆われている部分もあると思います。それなのに、杖突峠で途切れた中央構造線が、10キロ以上離れた岡谷から始まっています。ここから続く中央構造線はどうやって確認できたのか不思議でなりません。表層は堆積物に覆われていますから、どう考えても掘って確認できたとは思えません。是非とも教えて頂きたいと思います。できれば、どのくらい深いところで確認できたのかも知りたいと思います。
②過日、入笠山からほど近い『高座岩』に行きました。大きな岩でしたが、中に丸帯びた石が埋没しておりましたので、礫岩と判断しました。私は入笠山周辺は結構歩いていますが、礫岩を確認したのは此処だけです。地質図で調べてみましたら、細長くのびる『戸台層』となっていました。1億年以上前に形成された海成層で多くの化石(アンモナイトとか)が発見されていると記載されていました。この『戸台層』はどの様にして今に至っているのでしょうか?中央構造線に沿うようにのびていましたので、少しは関連性があるかと思って質問をさせていただきました。
以上、何方か御存知の方がいらっしゃいましたら、宜しくお願いします。
 

仙水峠、白鳳峠の下部の岩海について

 投稿者:戸嶋 清房  投稿日:2017年 8月30日(水)20時32分24秒
  久しぶりに投稿させて頂きます。
私は甲斐駒ケ岳や鳳凰三山を尾根伝いに歩きました。その中で地蔵岳から高嶺、白鳳峠を下って広河原に下りましたが、仙水峠の岩海とほぼ同じ光景を目にしました。高嶺付近の稜線にはホルンフェルスの大きな岩塊が見られます。この両者の岩海は同じと思われますが、時期的な違いはどのくらいあるのでしょうか?両者の生成時期につて、是非御教授頂ければと思います。宜しくお願いします。
 

花崗岩の貫入、地質体の再配列

 投稿者:河本  投稿日:2016年12月17日(土)17時07分52秒
編集済
   さて、藤原さんの質問①「中央構造線の外帯に三波川・御荷鉾・秩父帯、内帯に領家・美濃帯の付加体がありますが、この付加体は同時期に付加したものと考えてもよろしいでしょうか?」の答えは、おおむねイエスです。

 秩父帯と丹波-美濃-足尾帯はジュラ紀の付加体です。領家変成帯の岩石は、ジュラ紀の付加体である丹波-美濃-足尾帯の岩石が、白亜紀後期の花崗岩の貫入を受けて、白亜紀後期に高温低圧型の変成作用を受けたものです。

 御荷鉾緑色岩体もジュラ紀の付加体の緑色岩と考えてよいと思います。白亜紀後期に低温高圧型の変成作用を受けています。

 三波川変成帯の結晶片岩類が変成を受ける前の岩石は、従来は秩父帯の岩石と考えられてきましたが、最近になってその一部は白亜紀の付加体の岩石であることが分かってきました。深部で低温高圧変成を受けたのは白亜紀後期です。

 シームレス地質図で、「付加コンプレックス」と「変成岩類」を表示した後、「深成岩類」をクリックしていただき、白亜紀の珪長質深成岩類(花崗岩類)の分布を見てください。

 山陰地方~北アルプスにかけては古第三紀の珪長質深成岩類が分布していますが、白亜紀のものより濃いピンクで示されています。さらに若い、新第三紀の珪長質深成岩類は赤色で示されています。これらは無視してください。

 そうすると、白亜紀の珪長質深成岩類(花崗岩類)がジュラ紀付加体の間に割って入った様子が分かる思います。

 これは、沈み込み帯のマグマ生成は、海洋プレートが大陸プレート側の地下100km~200km付近に沈み込んだ付近の直上で起こるからです。

 白亜紀後期の火山帯、高温低圧型変成作用、低温高圧型変成作用が起こる場所の位置関係は、添付図をごらんください。

 この、丹波-美濃-足尾帯のジュラ紀付加体に白亜紀に貫入した珪長質深成岩類(花崗岩類)の海溝側の境界付近に、白亜紀後期に大規模な左横ずれ断層として中央構造線が生じました。この中央構造線の活動期を「鹿塩(かしお)時階」といいます。

 白亜紀の花崗岩と、高温変成を受けたジュラ紀付加体(=領家変成帯)の岩石で、中央構造線の海溝側にはみ出していた部分は、しだいに失われていき、ついに低温高圧型の三波川変成岩と接しました。
 その失われた部分の幅は10数km~数10kmあったと考えられます。
 それが中央構造線のいつ、どのように動いた活動期によるのか、まだよく分かっていません。

 外帯側を見ると、ジュラ紀後期~白亜紀前期の付加体が深部で低温高圧変成を受けた三波川変成帯が上昇し、ジュラ紀付加体は、中央構造線の北側の丹波-美濃-足尾帯と南側の秩父帯に切り離されています。

 このように、古い付加体の一部が海溝側に張り出すとともに、その間に新しい付加体が上昇し、古い付加体に割って入るように分布している姿は、中国山地のジュラ紀より古い付加体の分布域で大規模に見られます。

 また、外帯の中に断層で境されたレンズ状のブロックとして分布している、大陸側で形成された(付加体ではない)古い地質体(たとえば黒瀬川帯)は、内帯側から外帯側へ押しかぶさるように移動したと考えられます。

 このように沈み込み帯では、大陸側の下に海洋プレートが沈み込むことによって、大陸側の地質体が水平に近い断層で海溝側に押しかぶさるように移動することが知られてきました。そのように押しかぶさるように張り出した地質体を「ナップ」といいます。

 したがって内陸から海溝に向かって、古い付加体から新しい付加体へ順々に成長していることを前提に、さらにナップによってそれらの一部が再配列していることが考えられるようになってきました。

 そういう意味で藤原さんの質問③「時間差付着であれば、内陸側が古く、太平洋側が新しく付着した思うのですが、どうででしょうか?」はイエス。

 質問②は、前提が違うのでノーですが、「その後の地殻変動(中央構造線など)で今の配列になった」という意味ではイエスと思います。
 
 

付加体の配列

 投稿者:河本  投稿日:2016年12月17日(土)15時47分23秒
編集済
  2、付加体の配列

 アジア大陸の東縁に、約3億年にわたって成長した付加体が、日本列島の土台になっています。その成長は数100万年~数1000万年の時間スケールでは断続的ですが、基本的には内陸側から海溝側に向かって古い付加体から新しい付加体へ、帯状に配列しています。

 たとえば、1億4500万年前~6600万年前の中生代白亜紀に成長した付加体が、関東山地の高尾山付近~赤石山脈主稜線~紀伊半島~南四国~九州山地~奄美大島・沖縄本島の一部に露出していて、その地帯を「四万十帯北帯」といいます。四万十帯北帯の中でも、北から南へ向かって白亜紀前期から後期にかけての古い付加体~新しい付加体へ並んでいます。

 地表のどこにどのような地質が見えているかについては、インターネットで見られる「日本シームレス地質図」がおすすめです。
https://gbank.gsj.jp/seamless/

 「日本シームレス地質図」で検索し、トップページの左上の「地質図を表示」をクリックすると表示されます。

 左上に縦に並んでいるアイコンのうち、いちばん上の紙が重なったようなマークをクリックすると、背景になっている地図を変更できますが、全国スケールの分布を見るなら「白地図」が分かりやすいでしょう。

 次に2番目のハンマーのマークをクリックして地質図を設定します。「付加コンプレックス」以外のチェックを外すと、今の日本列島の地表で付加体の岩石が露出している場所が表示されます。指マークを置くと、その地質の説明が右下の窓に出ます。窓が表示されていない場合は右クリックすると表示されます。

 新しい堆積岩に覆われていると、地表では見えませんが、帯状の分布が想像できると思います。

 東北日本はほとんど新しい時代の地層に覆われていますが、北海道渡島半島~北上山地にかけてジュラ紀の付加体が見られます。

 日高山地の付加体の配列については、私はまだ不勉強なので、宿題にしておきます。

 なお、「変成岩」のほとんどは、内陸の火山帯付近で、地下にあった付加体の近傍にマグマが上昇して高温で鉱物が変わった「高温低圧型変成岩」か、海溝付近で付加した付加体がさらに深部へ引きずりこまれて深さのわりに低い温度で鉱物が変わった「低温高圧型変成岩」です。

 未変成の付加体の配列が分かったら、次に「変成岩」のチェックを入れてみると、良いと思います。
 

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